FMC Corp. v. Sharda USA LLC (Fed. Cir. 2025/8/1) Precedential
関連特許:U.S. Patent No. 9,107,416
上記特許のクレームに記述された "composition" (組成物) について、仮出願や関連出願の明細書では、"stable" (安定) な組成物としての記述がなされていたものの、本特許の明細書からはそのような記述が削除されていました。
(仮出願 No. 60/752,979 の部分訳)
「ビフェントリンおよびゼータ-シペルメトリンを配合する技術における課題は、水で希釈した配合混合物の物理的安定性を長期間にわたってうまく達成することである」
「この種の配合では、少量の殺虫剤が十分に効果を発揮することを保証するため、物理的安定性が最も重要である」
このような状況で、本特許の "composition" を 、仮出願や関連出願での記述に基づき"stable composition" と限定的に解釈することは誤りであると判断されました。
CAFCは、その理由付けとして、以下のように述べています。
当業者は、審査経過におけるこのような削除を考慮すると、主張された特許で請求されている「組成物」が安定した製剤のみを対象とするものであるとは理解しないであろう。
CAFCは、類似する事例として、DDR Holdings, LLC v. Priceline.com LLC (Fed. Cir. 2024) に言及しています。
この事件では、仮出願において "merchants"が "products or services" を提供する主体として定義されていたのに対し、後願の特許明細書では "services"が削除され "goods" のみが記載されていました。この事件では、 "merchants" は、サービスの提供者を含まないように解釈されました。
当裁判所は、「サービス」の削除が「非常に重要 (highly significant)」 であると判断し、当業者であれば「仮出願と特許明細書の間の進展は、クレームの用語に対する出願人の意図する意味の進化を示すものである」と理解するであろうと説明した。
DDRの事件と本事件との違いは、文言の定義が狭められたか拡げられたかという点にありますが、CAFCは、その違いによって考え方が変わることはなく、当業者にとって加えられた変更が重要であれば、その変更に沿って文言が解釈されるべきと述べています。
本事件においては、仮出願や関連出願の明細書から、組成物の安定性についての文言が意図的に削除されているのだから、組成物の解釈を安定的なものに限定せず、平易かつ通常の意味 (plain and ordinary meanining) に従って解釈すべきと判断されました。
なお、本事件の背景の説明を省略しましたが、本特許の新規性・非自明性を否定する先行技術文献が、類似する不安定な組成物を開示していました。本CAFC判決を受け、地裁では、より広い"composition"の解釈とこの文献に基づき、特許の有効性について争われることになります。
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仮出願や関連出願の明細書に基づいて後願の明細書を作成する際、文言の定義を変更すると、これが後願のクレーム解釈に影響する可能性があります。本事件のように、文言を広くするような場合には、あまり問題となるケースは多くないように思いますが、後にクレームの補正をすることなく、元の狭い定義に依拠して限定解釈することは難しくなります。(そもそも明細書の文言をクレームの解釈に組み込むことは難しいです)
一方、DDR事件のように、後願で定義を狭める場合には、クレームの範囲の限定解釈につながりますので、注意が必要です。実施可能性などの観点から問題が生じ、結果として権利範囲を狭めざるを得ない場合を除き、基本的には、先願における文言の定義を踏襲するようにした方が無難といえます。どうしても表現を変える必要が生じた場合、それによって権利範囲から外れることになる要素について、十分に検討しておく必要があります。
