Colibri Heart Valve LLC v. Medtronic CoreValve, LLC (Fed. Cir. 2025/07/18) Precedential
先日出されたCAFCの判決に関連して、Prosecution History Estoppel (PHE, 審査履歴から生じる禁反言) と均等論 (Doctrine of Equivalents, DoE) について簡潔にまとめておきたいと思います。
基本
審査の過程において、特許要件を満たすために補正や意見によってクレームの範囲が減縮されたとき、それによって範囲外となった要素については権利放棄 (surrender) されたものと推定されます。 (Festo Corp. v. Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co. (2002))
例1:クレームの文言 "a PH range" を "a PH between 6.0 and 9.0" に補正して特許となったとき、PH 5.0 については権利放棄されたと推定される=均等物と主張するには推定を覆す証拠が必要となる(通常、覆すことは困難)
例2:"sleeve"を有する装置のクレームを次のように補正 "a sleeve made of a magnetizable material" したとき、"a non-magnetizable sleeve" を有する装置については権利放棄されたと推定される
PHE適用のトリガーとなり得る出願人のアクション
「補正や意見」と書きましたが、いわゆる減縮のみならず、許可された従属クレームを独立クレームに書き換え、拒絶されている独立クレームを削除する補正も含まれます。 (Honeywell International Inc. v. Hamilton Sundstrand Corp. (Fed. Cir. 2004))
また、「特許要件を満たす」理由に関し、引例に対する差別化(102, 103条対応)だけでなく、特許適格性を担保するための補正 (101条対応, In re McDonald (Fed. Cir. 2022))や、記載要件などを満たすための補正 (112条対応)も、PHE適用のトリガーとなり得ます。
さらに、オフィスアクションに対する補正だけでなく、自発的な補正もPHEが適用される要因となり得ます (Festo (2002))。
Colibri Heart Valve v. Medtronic CoreValve
今回のケースでは、審査過程で削除された独立クレームにより、削除されず特許となっていた別の独立クレームにPHEが適用されました。
この発明は、人工の心臓弁をカテーテルを用いて埋め込む方法に関するもので、特許となった独立クレームには、可動シース 460 (カテーテルや装置を通して運ぶ外管) から特定部材 420 を「押し出すことによって」置換用心臓弁を展開するステップが記述されている一方、削除された独立クレームには、可動シース 460 を「後退させることによって」置換用心臓弁を展開するステップが記述されていました。
この後者の独立クレームは、審査の過程で、記載要件不備 (112条) を指摘され、削除されていました。
本件では、2つの独立クレームに記述されている操作が物理的に密接に関連するものであり(医師が体外でシースを保持し内部を押すか、内部を保持してシースを引くか)、PHEを適用するには十分であると判断がなされました。
審査経過を読んだ熟練した技術者であれば、請求項 39 を削除することにより、何らかの減縮 (narrowing) が生じたと理解するだろう。そのような状況では、減縮の範囲や禁反言の推定に対する例外についてのさらなる主張がない限り、特許となったクレーム 1 について均等論を適用することはできない。もしColibri社が、クレーム1の文言上の範囲外にある後退を含む範囲を確保したいと望んだのであれば、継続出願を提出することができたであろう(そしてそこで、明細書の記載要件のサポートを示すことを求めることができたであろう)
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クレームの補正(削除含む)は、基本的に必要が生じて行うものであり、それによって生ずる禁反言の影響は避けて通ることができません。したがって、補正によって何が権利範囲から外れることになるか意識し、もしそのような除外が望まないものであることに気が付いた場合、可能であれば必要な対処(上記の件でも指摘されるように、継続出願で権利化を試みるなど)を取ることが重要です。
また、そもそも限定的な補正や意見が必要とならないよう、出願時クレームの範囲を適度に絞っておくことも、禁反言による思わぬ権利放棄を招かないために有効といえます。出願時に広い権利範囲を狙うことは当然重要なわけですが、既知の先行技術文献のみならず、当業者の技術常識などに照らして、必要最小限の差別化はしておくべきと考えます。
(すべてとはいいませんが、日本出願を基礎とした米国出願のクレームは、日本での審査実務や言語表現の違いから、チャレンジしすぎる傾向があるように思います)