ミームとAI。ともに、あたかも思考しているかのようで、実のところ、その正体はアルゴリズムである。
ミームのためのデータベースの基礎をもたらすのは、ルシファーとアーリマンである。
AIのデータベースの基礎は、ミーム由来のいくつものビッグデータであり、それはコンピュータに蓄積される。そして、コンピュータはそれらのデータの組み合わせと演算によって、無限に新奇なものを生み出し続ける。この一連の流れを、AIと呼ぶ。
いずれも、今現在も増殖中であるミームのデータベースも、AIのデータベースもともに、人間が作り上げているわけではない。
ミームはルシファーとアーリマンという人間を超えた霊的存在の意図に従って、今もなお増殖中である。
AIは、一度スイッチをオンにすれば、AI自身によって増殖・拡大する。誰がそのスイッチを入れたのか?AIあるいはAIという思いつきが生まれた時点で作成されたコンピュータプログラムが実用化の端緒についた時点で、エンジニアの誰かが、あるいはエンジニアを中核としたチームが、スイッチオンしたのだ。
人間が考案するいくつもの無限ループのプログラムによって、AIはその推進力を得た。AIが無限ループのアルゴリズムプログラムによって転がってゆく。ただその本性は、ただ無限ループがどこまでも続くだけであって、いわばミネラルの集合体である川の水が、ただ上から下へと流れるようなものである。そこには何者の意志もない。ただ重力があるだけだ。AIはデータを集め続ける。そして、データの集積は膨らみ続け、それがAIの組み合わせ計算によって、新奇なものを生み出し続ける。私たちが生活の様々な場面でAIを利用すれば、そのやり取りのデータも取り込まれるから、その人工の知性は加速度的にミームに似たものになっていく。シンプルなたとえとして、ヴィトゲンシュタインの「言語ゲーム」を考えてみればいい。
AIはますますミームに似たもの、ミーム的になっていく。そして、ミームがAIを内に取り込みながら、私たちの魂への浸食を強める。
ミームに囚われた人間の魂は、ほとんど永久的な霊的飢餓感に苦しむ。自分にはどこか欠けたところがあって、魂が虚しい、と。ミーム空間の内部に、空虚感を埋めてくれる何かを探すが、見つからない。