カルマの開示と形成 | 大分アントロポゾフィー研究会

大分アントロポゾフィー研究会

ブログの説明を入力します。

そのとき/そこでは、まったく思いもかけなかったようなことが、起こる。

そのとき/そこでは、気づくと・・・すべての期待が裏切られたことが、わかる。

 

善悪の彼岸、生死の際(きわ)。死の天使が微笑むところ。

・・・つまり、そのとき/そこでは、時間というものが意味を失い、空間が曲がる。

多分、すべての地上の言葉は、的外れなものになり、思考さえもが、もはや、役に立たない。

 

期待や憶測の類が、裏切られることは、よいことに違いない。

出来事というものは、つねに、そうしたものなのだ。

 

出来事の渦中にある人間たちは、すでに何者かによって、主導権を完全に奪われる。

つまり、彼らの低次の自我は、より高次の何者かによって、あたかも劇中の駒(こま)のように操られる。

彼らの感情は、それ以上はないほどに、揺り動かされ、絶え間なく波打ち、ぶつかり合う。

彼らの意志は、そのとき/そこでは、まったく無力だ。

 

・・・高次の何者かの意志が、支配する。

そのとき/そこに、あなたの高次の意志/高次の自我が、顕現(けんげん)する。

 

こうして、カルマは開示され、新たに形成されてゆく。