この映画は2度見逃した。1度目は東京、2度目は四国、三度目の正直とばかりに東京の名画座で見た。自分の中で気になっていて、何度か見逃した映画は是非にでも見るべき映画になってしまうのは何故だろう?原題のsamarian girlとは新約聖書に出てくる話で異教徒サマリア人の中で最初にイエスを信じた少女の事を指すようです。三章立てになっていて、それぞれ「バスミルダ」「サマリア」「ソナタ」となっていて,
それぞれの章で全く違う味わいがあったのが不思議でした。ので僕も筋書きを三章立てで書いてみたいと思います。(ネタバレしまくりんぐなので気をつけてね!!)
バスミルダ
インドの伝説の娼婦の名前だそうです。彼女に抱かれた男達は皆信心深い仏教徒になるの、天真爛漫に語るチェヨンは胡散げに見つめるヨジンに言う、「私のことをバスミルダと呼んで」ヨーロッパ旅行に行くための資金をためる二人の女子高生は、男性とチャットで知り合っては援助交際を持ちかけている。実際に身体を売るのはチェヨンで、場所や値段の交渉と見張り、金銭管理はヨジンの役目だ。身体を重ねた男達一人一人との出会いを大切にしようとするチェヨンに、ヨジンは言う。「お願い、職業は聞かないで」
後十回、同じ事をしないといけないわ、ヨジンはため息をしつつ言う、「身体を売るのはチェヨンだけなのに・・・」チェヨンは満面の笑みを浮かべ言う、「私貴方がいないと何も出来ないの」
こんな綺麗な身体を誰にでも触らせるなんて・・・、風呂場で身体を洗ってやりながらヨジンははがゆくてたまらない。「誰にでもじゃないわ」いつものとおり屈託なく答えるチェヨンに一層はがゆさをつのらせるヨジン。そんな中チェヨンは客の一人に恋をする。「音楽家なんだって」「職業は聞かないはずでしょ」「一緒に食事をしないか」「帰ってください」「とてもいい人なのよ、歌を聞かせてくれたの」「俺のことを不潔だと思っているな・・・」
車の中と外とで2人の体温が微妙にすれ違ってゆく・・・。
もう逃げ場が無い。ヨジンがナンパ男を追い払っている間にホテルに警察の手入れが入って、チェヨンは追い詰められ開け放たれた窓に足をかける、私を捕まえられるものなら捕まえてご覧とでもいうような笑顔のまま。お願いだからやめて、ヨジンは懇願するように叫ぶ。チェヨンには届かない、そして、落ちる。あの人に会いたい、ヨジンは臨終のチェヨンの願いを適えるため音楽家のオフィスを訪れる。忙しいと面倒がる彼にすがるヨジンの肩を抱いて音楽家は言う、早く終わればそれだけ早く行けるぞ。ようやく音楽家を連れて病院にたどり着いたチェヨン、緊急治療室から運ばれてゆく遺体の顔を見て絶叫する。
サマリア
罪滅ぼしがしたい、いったん焼き捨てようとしたお金を握ってヨジンは驚くべき行動に出る。今までチェヨンを抱いた男達と会い、ことをすませてからお金を返してゆくのだ。男達のアドレスは彼女の手帳にある。ヨジンを抱いた男たちは、ある者は心の平安を得て、ある者は自らのあり方に向き合うことになる。幾人かめの男とホテルの一室で会っているところを、殺人事件の調査をしていたヨジンの父親(ヨンギ)が見てしまう。ヨンギは理解できない。
今日の海外トピックは?無邪気にそう聞くヨジンにヨンギは話せることが無い。父一人子一人の家庭で、なくなった母親の分まで手塩にかけて育ててきた。出勤前、車で学校に娘を届ける時間は、いつもならもっと楽しい時間のはずだった。親密なものへの猜疑心は口に出すことの出来ないやるせない怒りを生み、それは娘を抱いた男たちに向かう。
あなたは、何歳の女性と会っていましたか?学校から出た娘の後をつけてであった男のうつむき黙り込むさまが火に油を注ぐ、妻子持ちの男の家庭へ乗り込んで食卓を挟んで男のはす向かいに座る彼の娘の学年を聞く、「貴様、自分の娘よりも若い女と!!」男はヨンギが去った後、窓から飛び降りる。公園の端に止めた娘を乗せたワゴンカーからまた別の男が出てくる、トイレに入ったところをねらってヨンギが石で滅多打ちにする。頭から血を流して死んでいる男を、ヨジンも見てしまう。悲鳴を上げて逃げてゆく娘が落とした手帳をヨンギが拾う。
ソナタ
ヨジンが家に帰ると、ヨンギが巻き寿司を作っている。なにを突然、といぶかる娘に父親は言う、明日は母さんの命日だ、墓参りにいこう。今にも崩れそうな山道をヨンギの車は分け入ってゆく。山頂にたどり着いてお墓の周りに寿司をまき、酒を注ぐ。父と娘、同じものを食べる。帰り道ハンドルをきりそこねた車は前輪が小石の山につかまってしまう。ヨンギが一息つこうと煙草を吸うとヨジンが外に出て石をどけようとする。 ふと見上げると向いの山々が自分達を見て笑っている気がした。そんな小さな石くれに難儀しているのか、と。
ソウルまで帰るにはもう遅い、親切な老人の家に泊まる。ヨジンは眠っているうちに、ヨンギに他愛なく首をひねられて殺されてしまう。いつもの朝そうしているようにヘッドフォンを耳にかけられて、川原に埋められる。父親は石の間から伸びるコードの先のCDプレーヤーの再生ボタンを押す。いつもとは違って心地よい目覚めのためでなく、覚めることの無い眠りにつく娘のためにサティのジムノペティが流れる。はっとしてヨジンが夢から目を醒ます。
翌日、車の運転を教えてやろうと、ヨンギが色を塗った石を川原に並べ、教習所のコースまがいのものを作る。これがブレーキ、これがアクセル、ギアを入れ替えて・・・、だんだん上手くなってきた、隣に座った娘をいつまでも見守ることが出来ればと思っていた。「これからは一人でやっていくんだぞ。」そういい残して助手席から外に出る。迎えの車が来たようだ。気づいたヨジンは必死で追いかけるが、習ったばかりの運転では追いつかない。
感想
いい映画でした。思い出しながら筋書きを書いてると涙が出ました。サマリアのサイトを開くと流れる糞甘い音楽を流しながらだったからかもしれません。劇場では泣かなかったのにな。追体験としての映画は、ストーリーを書き起こしてみるのが最適かもしれません。実は登場人物の名前を大体忘れていました・・・。
最初の方でMSNメッセでやりとりしているのが印象に残りました。客にデジカメの写真をぱっと見せたりとか、リアルです。援助交際は韓国でも社会問題になっているのかもしれません。しかしそれはテーマに過ぎず。語られているのは別のことです。そういうわけで、ラブ&ポップの400倍好きになりました。最初見たときは流血シーンが多すぎ、自殺シーンがこれ見よがし過ぎ、何か「粗さ」を感じてしまって、期待が大きかっただけに、大分しらけてしまいましたが、三章立ての意味はおそらく、第二章の流血シーンが韓国内での興行受けのために切り離されていることを伝えようとしたのではないかと思います。最初見たときは第三章が一番納得いった。だけど、こうして思い出してみると第一章の「バスミルタ」の完成度は比類ないものがあります。特にチェヨン役のハン・ヨルムの天真爛漫な演技は怖いくらいです。とてもクランクインしてから11日間で撮ったものとは思えません。
おそらく今年僕が見た映画の中でベストテンに入る映画になるでしょう。是非見てください。