空気なんて読めない -4ページ目

空気なんて読めない

ozonの試験的公開日記

  最近CD、ミュージックDVDを買いまくってる。映画はスクリーン至上主義者なので買わない。最近買ったものの一つに、こっちに来る前に日本で見てきたヴィム・ヴェンダースの「ランド・オブ・プレンティ」の同名のテーマ曲を手がけていたレナード・コーエンのベスト盤がある。「ランド・オブ・プレンティ」は扱ってるテーマの重大さ、深刻さの割りに、’ほのぼの’系だったので拍子抜けした。アレは駄目だと思う、コメディ映画としてもイマイチだと思う。ただ本編の筋の弱さを補う、「周辺」つまり、サウンドトラックの選択なんかはさすがにセンスがよく、というか、それでもってる、といった方がいいんだろうな・・・。ともかくその「ランド・オブ・プレンティ」は収録されていない、ベスト盤をかったわけですけど。「ベルリン・僕達の革命」という傑作ではないにしろ、僕はけっこう好きな映画でつかわれていた「ハレルヤ」が収録されていたので、結構嬉しかった。それだけ。

先日、Sonic youth のDVDを安く買えたので、最近そればかり見ていた。アルバム「goo]に収められた曲に対して製作された映像を中心としたミュージックビデオ集なのだけど、音だけではぴんと来ない部分が映像が加わると、断然良くなった。映像自体も面白い。アートスクールを出ているキム・ゴードンがいるだけあって、ひとつひとつのセンスがいい。きわどい、えぐいこともやるのだけれど、それが下品に見えないのは、知性と教養に裏づけされたベースがしっかりしているからだろうか。それもあるだろうけど、たぶん自分自身を切り売りすることに躊躇がないからだろう。個人的には、キム・ゴードンのワンピース萌えw。

 カート・コバーンに捧げた「Never mind(what was anyway)]が収録されていたから買ったのだけれど、大当たりと言う感じ。DVDのデザイン自体がカッコいいというのも嬉しい。オープニング、メニュー画面、ボーナス画面への移行のムービー、全て良い。これは宝物になるかも。

なわとび続けてますよ。ふらふらになるまでやって、体が温まった状態でシャワーを浴びて、急いで寝る、というのが一日のパターンになってきた。…ええ、このブログの投稿時間を見てもらえば分かるとおり、今日はちょっとそのパターンを崩してしまっているわけですが…。下降スパイラルにはまらないように、まぁ、こうして、僕の心のよりどころ(!!!)であるところのこのブログを書き綴っているわけですw。今日も二タームやりました(一ターム=へばるまで)。

 自分にとって、エクササイズというよりは、精神修養のようになって来たなわとびですけれど、やっぱりいいものですね、自分の体が軸のあるジャンプをしているのがわかったり、いろいろなところの筋肉がひとつの目的に対して正確な連動をするのを感じたりするのは。

 最近、なんだか自分の健気さに、泣きたくなってきたりします。月曜から金曜まで殆ど自由時間無しで動いて、それで殆ど金も出ない。こうして、海外で勉強できているということ自体、他人より恵まれている証なのだとは分かってはいますが…。

 なわとびをしたあとは、僕がいつもそれを浮かべて、その場をやり過ごしているところの愛想笑いは出来なくなります。何に対して怒っているのか自分でも分からない怒りがふつふつとこみ上げてきて、「コワイよ」とか同居人に言われました。


 なんと言われようとかまいません。その怒りが、明日を掴むための僅かな握力へとつながるのだと知っているから。

 

  言うんだと思われるようですが、今現在のこのブログの状況では、非常に読者の皆様の顔が想像しづらい、ということがあります。読者の皆様、せっかく各ブログごとのメールボックスが設けられたのだから、応援、批判、要望、なんでもいいので、お手紙くださいw。心情吐露的なものと、幾分かはしっかり構成されたエッセイ的なもの、私小説的なものが、雑多に散らばっている今の状態は良くないかなぁ…と。ホントはその辺自分でライン引きをしっかりして置けばよいのだと思うのですが、何かを「売り」にするブログというのは考えてないのです。まぁ、売れるようなもの書けないからってだけだけど。自分で好きに書きたいからってのもある。って矛盾してるよな…。読者の皆様の声にこたえていこうというエントリだったはずだのに…。

 なんだろう、おいおい記事のジャンル分け機能などをつかって、整理したりとか、きちんと考えます。直接ブログの編集ページで書いているものと、下書きをして、推敲をしたものを分けたりね。あまり実現の見込みないような気がしてきたな…。自分、怠け者なのにくわえて、最近忙しいからね…。だけど、自分が何を書きたいか、明確にわかっていたら、そんなことはなんでもないはずなのじゃないかとも思いはする。

 まぁ、話題が再び「いまさら何を」というタイトルにふさわしくなってきたところで、やめようかと思います。感想は励みになるのでいただけたら嬉しいです。では、また。

 

 あまりになぁなぁになってしまっていたので、少しパブリックなところ(「ここ」に比べるのもなんだけど)

に書いた記事を載せる事にしました。

 こちらでジェンタという週一で発行されている日本語の情報誌があるんです。日本人のよく寄るお店などで無料で配布されていて、日本のニュースやこちらの週間のテレビ番組表などが載っていて便利なので重宝しているのですが、それのつい先日の号の表紙が、靖国神社に参拝されている小泉首相の写真でした。


 僕がよくそのジェンタをとりに行くところのひとつに韓国人の経営しているお肉屋さんがあるんです。英語で適当に挨拶して、束になったものの一部を掠め取っていくわけですが、こちらの無作法にもかかわらず、お店の方に腹を立てられたことは一度もありません。語学学校でも日々感じていることですが、韓国人と日本人というのは、母国語のイントネーションから始まって、民族的にも、非常に近しい関係にある。それが良いことがどうかは別にして、ここ、シドニーでは日本人と韓国人、結構親しくしているという印象があります。


  みなさんは知っておられるでしょうか? 日本の終戦記念日は、韓国の独立記念日でもあるんです。もちろん彼らが独立を勝ち得た相手は、旧大日本帝国なわけです。日本の「終戦」はポツダム宣言の受諾による、事実上の敗戦、アメリカもしくは連合国相手の、だったわけですが、それは同時に私たちと最も近い文化を持つ民族で構成された国の独立した日でもあった、というわけです。


 僕がそれを知ったのはつい先日のこと、ちょうど「終戦」記念日の翌日に日本食レストランで働いているときに同僚の方の話からしったのです。そこにいた誰も、それを知っているものはいなかったのだから、多分日本の大多数の方が知らないのではないかと思います。


 僕の思ったのは、いかにひとつの国家から見た歴史というものに陥穽が多いかということです。その一面的な歴史の見方には、どれだけのものが抜け落ちているか、ということです。戦後60年という時間は、世界第二位の経済力を得るのには充分でも、地理的にはすぐお隣の国との相互理解を深めるには十分ではなかったということなのか。


 それにしても、そうした隣国に対する無知もしくは無関心は、何によるものなのでしょうか? 近くにあるからといって仲良くしなければいけないわけではない、仲良くしようという気もない、できれば遠くに離れてほしい。もしそんなところが大方の日本人の本音なのだとしたら、韓国の、もしくはアジア諸国の人たちが、日本に対して怒るのはもっともなことなのではないでしょうか。 問題は参拝するかどうかにではないという気もします。もっと根本的なところで、国と国との関係を成立させようという努力をしているかどうか。


 結局僕は、そのジェンタをお肉屋さんとは別のところで頂いて来た訳なんですけれど、表紙を見た瞬間に、何かしら胸が疼くように感じました。それはある種の気まずさと、僅かな悲しみが交じり合ったものだったように思います。もし、沢山の日本人が、今、こうして遠く故郷を離れ、言葉の違う国の人々と意思の通じ合う事で、僕が日々感じている喜びを想像する事が出来たなら、事態はもう少し別の方向に向かっているのではないかと思うのです。

 

 想像力の欠如とは、結局のところ無関心に由来するものだと思いますが、日本の人達は、アジア諸国の人々に対してということに限らず、海外に出た日本人に対しても、基本的に無関心なのだと思いました。ますます国際化の必要性が言われている昨今、日本社会はその自らの無関心から、今現在すでに大きな損失を被っているのではないでしょうか 。

 ドリブルのきれでも裏に抜けるスピードでも、シュートの精度でもない、浦和の11番の持つ一番の武器

なんかすごいね、俺。何でこんな誰も読まないブログ続けてんだろ?、ネットって基本的に「物を読む」所じゃないんだよな、自分にとって。たまによるところは有っても、読み続けてるところってすごく少ない。…まいったな、夜更かししちゃったよ、(てか徹夜だな…)明日学校あるのに。


 家に手紙を書こうかと思った。長らく会ってない姉にも。Eメールではなくはがきがいいと思った。こちらでいわゆる文房具を扱う店に入ると、目を疑うほどの種類のグリーティングカードが、何列も有る専用の棚に収まって売られている。バースデイとウエディング用のものが多いことに気付く。葉書は探してやっと見つかるくらいだ。

 

 何故だろう?、何故こんなにも他人について祝うべき事柄をここの人は持っているのだろう?こんなブログを書いてると、というかこんな自分を基準にしていると、人々の持つそれらの関係が不可思議なものに見えてくる。もう触れても何も感じないくらいの無感覚さが孤独に対してできていて、しかもそれをよりどころにしているような自分には、人々の感情の交歓が、大掛かりな冗談のように見えなくもない。


なんてね。こんなブログを続けてるぐらいなんだから、どこかで信じてるだろうけど、俺はほんとにダメ人間だからなぁ…。

 ニック・ケイヴ&バッドシーズのベスト盤が安売りしてたので買った。うつろな瞳で店内をさまよいつつ、オールデイズ、ロック&ポップスからクラシックまで物色していると、不審に思ったのだろう店員が話しかけてきた。ほっとけよ、暇つぶししてるだけなんだからさ…。すでに買うものは店内に入ってすぐのところにあったCDに決めてしまっていたのだ。仕方ないからはやめに物見遊山を切り上げて女性店員のレジで買い求めると、なんかレシートに「Do you have a pulse ?」とか書いてあるんですけど…。


 気付いたのは店を出たずっと後だったので、「ほっとけお前の知った事か。」と言い返すことも出来なかった。自分に理由があるのはよくわかってんだがよ…。ちょっとこの辺のところ、簡単には直しようがないという気がする。

 記事の整理をしたついでに、、前に書いたんだけど後悔するのにためらいがあってお蔵入り(というほどたいしたものでないけれども)していた記事を、いくつか公開に踏み切りました。それを書いた当時の自分から、今は適度な距離が取れたと思うもの、案外よくかけているじゃないか、と思ったもの、と色々ありますが、正直、この記事を成立させるために公開した駄文もあります。

 …ええっと、注意事項なんですが、見てわかるとおり、それらの記事は新規の記事としてエントリはされていません。やはりここは「空気なんて読めない」というタイトルを掲げたブログですから(笑)。そんなわけでOZONにつきあって過去のページをめくる労苦をいとわないという物好きな方(いるのか?)はどうぞご覧ください。