森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記 -4ページ目

森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記

もともと運動に縁のなかった私が突然マラソンに目覚めて様々な大会に出ることになりました。その記録をブログにします。

ネスタニ~テゲア 172~195km 午前9時57分通過(制限時間11時10分)
区間タイム3時間2分 1km辺り7:55

 

この区間は平たんで、とても走りやすかったです。ペースも上々で制限時間の余裕も徐々に増えていました。ただ、補給がややおろそかになっていました。特に、夜間少なくても問題なかった塩分ですが、そのまま摂取をおろそかにしていました。エイドについて、自分の持っている塩分サプリが殆ど減っていませんでいた。本当は油断せずにとるべきだったのですが・・

 

テゲア~バス停 195km~227km 午後3時18分通過(制限時間午後4時)
区間タイム5時間21分 1km辺り10:02

 

テゲアを出てからも、しばらくは気持ちよく走れました。195キロ地点を越すと、登り基調になりました。「ここから17キロで200mアップ」と、説明の図にはかいってあったので、相当緩い坂道だとおもったら、全然違いました。大体200キロ地点から上り坂が始まるのですが、202キロ地点ですでに200m登っていました。そのため「今後上り下りが無いはずはないのだけど、どうしたことだろう?」と考えていました。最後に標高断面図を載せたのですが、実際には上り下りが連続した道が続いていました。上りは走るには少しつらい道でした。上位選手は走るのだと思います。ただ、無理しても仕方がないので、歩いて登って、下りは走ることにしました。

 

ペースは遅いとは言っても、制限時間からの余裕度が減るわけでもなく、ある程度順調に走れていました。しかし、210キロ地点辺りで急に腹痛が生じました。以前でも暑い時の大会で生じたことのある腹痛です。今となっては脱水の結果生じた腹痛だったとわかるのですが、その時の自分にはよくわかっていませんでした。(脱水になって、真っ先に胃腸の血流が減ると思います)分かっていたらすぐに塩分補給をしたのですが、その時はそのまま走り続けていましました。腹痛が強くなって、途中で何度か草陰で用を足しました。ティッシュを持ってきていて良かった・・あと、靴をはいたまま脱げるズボンで良かったです。

 

腹痛が激しさを増すと、全く走れなくなっていました。今まで完走できそうな感じがしていたのに、スーッと完走が遠ざかっていく感じがしました。悲しくて涙が出そうになりました。でも、頑張ると途端に腹痛が強くなって、便意が生じてしまいます。そのため、また余計に時間がとられてしまいました。

 

バス停~スパルタ 227km~245km 午後6時39分21秒ゴール(制限時間午後7時)
区間タイム3:21 1km辺り11:10

 

このバス停を出ると、あとは殆どが下り坂だったのが幸いでした。あまり頑張らなくてもそこそこのペースが出せました。そのため、腹痛もそこまで強く出ませんでした。ただ、ジェルを飲むとそのまま下ってしまうので、ほとんど補給が出来なくなりました。制限時間までの余裕が減っているのは知っていましたが、どのくらい減っているのか、今のペースで間に合うのか、確認する余裕がなくなっていました。(246キロ-現在の距離)/(ゴール制限時間ー現在時間)=ゴール可能な最低ペース、という計算は、序盤ではできますが、終盤ではなかなか難しい計算です。1キロ9分だと間に合うかな、とか考えていましたがどうにもギリギリでした。236キロ、最終サポート地点では、ほぼ通過することにしました。おそらくゴールするとしてもそんなに余裕がないと思ったからです。やっぱり頑張ると腹痛が強くなるのですが、そのギリギリのペースが分かってきていました。

 

残り5キロ、当時点でも完走できる確信が持てませんでした。そのため、現在できる力いっぱい走りました。数分の差でゴール出来ないと思ったときは、腹痛がどうなろうとできる限りのダッシュをしてみるつもりでした。ただ、そうなる前はむしろ腹痛をうまくコントロールしている今の状態を維持するのが重要だと思いました。この辺りは時間が経つのがとても遅くて、というか自分の進むペースも遅かったので、時計を見直しても50mくらいしか進んでいませんでした。

 

最後1キロはビクトリーロードで、本当は完走できる喜びを噛み締めて走る道です。しかし、全身の疲労度が激しいのと、腹痛も強いので、集中力を切らしたらそのまま倒れそうでした。そのため、子供にはタッチをするけども、決して足を緩めることはしないでおこうと思いました。とても長い時間をかけて1キロを走ったような気がします。最後、ようやくレオニダス像の左足にタッチすることができました。すぐ後ろに日本人の方がゴールして、ゴールパネルを踏むように教えてくれました。35時間39分21秒でした。

 

 

その場で倒れたい気持ちでしたが、綺麗なお姉さんが月桂樹の冠をかぶせてくれたり、祝杯の水を飲ませてくれたりしてくれました。そこはなんとか頑張って立っていようと思いました。記念撮影も(立っているだけですが)頑張りました。

 

その後、救護所まで連れて行ってもらって、ストレッチャーに横になることができました。体温を測ると38.8度。運動後ということもあって発熱していました。点滴をしてもらっている間、看護師の方に靴を脱がせてもらいました。靴下も脱がせてもらって、水の入った桶に足を入れた途端、全身の震えが止まらなくなりました。体温は高かったはずなので何かしらの神経反射だと思うのですが、突然寒くて仕方なくなりました。運動を終えて急激に体温が下がったのでしょうか。急遽足を洗うのを辞めてもらって、毛布を数枚かけてもらうことになりました。

 

1時間ほど横になった後、殆ど歩けない状態でしたがタクシーを使ってホテルまで戻ることになりました。乗るときまでは人手がたくさんいたので、どうにかなったのですが、タクシーを降りたら一人で歩くしかありませんでした。立っているのもやっと、という感じでしたが、何とか時間をかけて部屋に戻ることができました。

 

翌日、なんとか人の3分の1程度のスピードで歩くことができるようになりました。ホテルからレオニダス像まで450mなのですが、果てしなく遠く感じました。落ち着いた状態でレオニダス像をみたら、「完走したんだ・・」と実感することができました。

いろんな人にスパルタスロンに参加すると言っていた手前、何としてもゴールすると思っていました。腹痛はしんどかったですが、レースをやめるという選択肢は初めから最後までありませんでした。今回のレースはいわゆる「失敗した」レースでした。しっかりとした補給計画があったら腹痛は防げたと思います。1日目はかなり手厚い「暑さ対策」をしていたのに、2日目は油断していました。ペースが遅くなる分エイド間の時間は増えることもあまり計算していなかったと思います。今回は完走率がとても高かったと聞いています。それは、スパルタスロン特有の高温が無かったためだと思います。私は高温に弱いので、恐らく例年通りであれば完走は危うかったと思います。また、140キロ以降の「ぺしゃんこ」になった状態以降でのペースは他の人より遅かったように思います。これが早いと随分最終タイムに影響してくると思います。基礎体力もまだまだ不足しているので、しっかりとトレーニングしたいと思います。

 

いつに日か、スパルタスロンで最後まできちんと「走った」レースをしたいな。

 

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メガラ~缶工場 42~81キロ 午後3時46分通過(制限時間午後4時30分) 区間タイム4時間23分。1km辺り6:45

 

 

例年この区間はカンカン照りでつらくなるところです。ただ、今回は曇り空で直射日光に当たることはほとんどありませんでした。また、気温もあまり上がっていないようでした。ランナーは時々道路を右折・左折させられました。しかし、道路上にはクッキリと矢印が書いてあって、日中迷うことは殆どないと思います。夜間でぼーっとしていると見落とすことがあるかもしれません。あと、直進の場合に矢印が書いてないこともあって、今自分が正規のルート上にいるのか心配になったことが1度だけありました。

 

海岸沿いの道路をひた走ります。一部は狭い道路を大型トラックが走っていて、ランナーすれすれを通ることもありました。

 

77キロ地点にあるコリントス運河にかかる橋はとても高度感があって、ブルブルしながら運河を見ました。

 

結局暑くて難所となるはずの場所を難なく通過してしまいました。ただ、まだまだこれからの距離を考えると完走できるイメージは全然ありませんでした。ただひたすら消耗しないように注意するのみでした。

 

缶工場~ネメア 81~124キロ 午後9時58分通過(制限時間午後11時)
区間タイム6時間2分 1km辺り8:25 

 

ここから内陸に入って、田舎道を進みました。ランナー以外の人影が少なくなりました。

 

途中で上半身裸の人が走っていましたが、今日に関しては寒かったかもしれません。サポートから貰ったおかゆがとても美味しかったです。日が沈むと、街頭もない真っ暗な道を、ヘッドライトを付けながら走りました。わずかなアップダウンはあるものの、ほとんど走れる区間でした。120キロ地点では1キロ8分40秒くらいしか出せなくなっていて、今後もっとペースダウンするのでは?と不安になってきました。

ネメア~マウンテンベース 124~159km 午前4時2分通過(制限時間5時10分)
区間タイム6時間4分 1km辺り10:15

 

この区間では足がむくんできたせいか、きつくなって痛く感じるほどになりました。一旦ひもを緩めたところぶかぶかになったのですが、そのまま走っていたらぴったりフィットになりました。よく聞くのが、スパルタの道は固いということです。レース後パンパンに張れていたことからも、結構足の体積が大きくなったのだと思います。

 

ネメア以降はアップダウンが出てくるようになりました。真っ暗なので景色は分かりませんでしたが、サンガス山が近づくと、高速道路と並行して走るようになりました。高速道路の方が高い位置を走っているし、街灯がたくさんあるのでよく見えました。

最終的に高速道路以上のところにマウンテンベース(登山口)があるのを知っていたので、これ以上の標高に上らなければならないというので多少うんざりしていました。大体500mくらい標高を上げたところでマウンテンベースに到着。雨が降っていて、気温も下がっていました。

 

 

 

マウンテンベース~ネスタニ 159~172km 午前6時55分通過(制限時間午前7時30分)
区間タイム2時間53分 1km辺り13:50

 

実はマウンテンベースに到着した時点ですでに標高750mくらいあるので、サンガス山山頂まで約300m上昇すればよいだけでした。トレイルとなっている登山道を登っていくと、約30分で山頂につきました。さすがに山頂は強風が吹いていましたが、気温は10度くらいでしょうか。凄く寒い、というわけではありませんでした。きちんと防風が出来ている装備であれば、そんなにつらくなかったと思いますが、しっかりした装備でないと風の影響で体温をすぐに奪われたと思います。今回はここで低体温になってリタイアした方が多かったと聞いています。下の写真は山頂。

 

山の登りでは大量に抜いたのに、下りではやっぱり遅くて何人かに抜かれてしまいました。やはり下りのトレーニングが私には重要そうです。

 

山を下ると、下り基調の走りやすい道が続きました。午前6時ころ、ヘッドライトの光が急に弱くなってつかなくなってしまいました。後で見返したら、ヘッドライトの電池交換の計画を予定に入れ忘れていました。大失態・・・。ただ、明るい高速道路と並行して走っているせいか、真っ暗にはならなくて薄明かりが見えていました。とはいえ、道路のサインも見えないので、道間違いしてはいけません。そのため、前の選手からあまり離れないように注意して走りました。7時になると明るくなって、問題なく走れるようになりました。

 

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アクロポリス~メガラ 0〜42.2キロ 午前11時23分通過
(区間タイム4:23。 1kmあたり6:14)

 

スタート地点のアクロポリスはアテネ中心部の小高い丘になっています。会場を出てからすぐに計測マットがありました。おそらくここが本当のスタート地点です。そのまま石畳の下り坂を下りて行きました。スタート地点から海岸に抜けるまでに幹線道路の交差点を幾つも通り抜けましたが、すべて警察官が交差点を確保してくれていました。(下の写真は上下線とも警察官が通行止めをしてくれている図。横から大会車両が入ってきている)

 

 

通勤時間帯なのに申し訳ないです。海岸に出るまでは交通量がとても多く、道によってはランナーすれすれを自動車が通ります。ギリシャの運転マナーは悪く、路肩を使って車を追い抜く場面もありました。そのため、なるべく車線から離れて走るようにしました。

 

 

 

 

 

 

 

途中ではときどき犬に遭遇しました。今回は犬に襲われたという話は聞かないのですが、以前はかまれた人もいたようなので、なるべく近くには寄らないように注意しました。犬がいたら道路の反対側から追い抜くようにしました。ただ、たいていのランナーは犬が怖くないようで、そのまま犬の近くを通り抜けていました。

 

 

 

途中では子供たちに超モテモテでした。スパルタランナーはヒーローのようです。

 

しばらくすると海岸につきました。多少のアップダウンはあっても、ほとんどは気持ちよく走れる区間でした。途中には沈没船もありました。このころは本当は日差しが強くなって、つらくなってくる時間帯ですが、今日は曇りでとっても涼しいです。

 

あっという間にメガラに到着。計測マットが置いてあり、踏むとピーーーと音が鳴りました。体調には全く問題なくて順調です。

 

 

 

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いよいよ完走記にはいります

 

2017年9月27日水曜日、自宅から大きくて重いスーツケース1つと、手荷物用の小さいスーツケースを引っ張りながら成田空港に夕方に到着。荷物預けの時に重量計にスーツケースを載せたところ、なんと80キロを示していました。何かの間違いかと思ってよく見てみると、受付のお姉さんも計測器の上に乗っていました。お姉さんがどいたら30キロでした。それでも十分重いですね。

 

 

もう一つの小さいスーツケースをには、スパルタスロンで走るのに最低限の装備が入っています。ロストバゲッジ対策でした。イスタンブールを経由して、アテネに朝8時に到着。

 

最近のアテネがとても涼しいと天気予報で言っていましたが、空港を降りた時の気温も涼しく感じました。

 

アテネ空港から、アテネの中心部であるシンタグマまでの移動手段はバス、タクシー、電車があります。今回は電車で行くことにしました。電車は空港から毎時0分と30分に出発しています。

 

電車はに乗って暫くしたら、楽器を演奏している音が後ろから聞こえてきました。その前を小さな女の子が瓶を持って歩いていて、お金を入れてね、ということのようでした。

 

シンタグマ駅前にはシンタグマ広場があって、その周囲は多くのビルが建っています。午前11時頃、駅から徒歩5分くらいのところにある、〇〇ホテルに行ってチェックイン。本当は日本人が参加者はフェニックスホテルに泊まるのですが、スタート地点から近いという理由でこのホテルに泊まることにしました。まだフェニックスホテルに行くまでに時間があったので部屋に荷物を置いて、スタート場所を下見することにしました。

 

スタート場所はシンタグマからすぐのアクロポリスの丘です。途中で見晴らしの良い丘があって、遺跡やアテネの街が一望できました。もともとこの場所は観光地ということもあって、たくさんの観光客でごった返していました。レースのGPSデータを元にスタート地点を確認したのですが、まだ何も準備がされていないようで、結局はおおよその位置しか分かりませんでした。

 

ホテルに戻るときに立ち寄ったお店で、レオニダスがつけているものと似ている、モヒカン風の形をした兜を見つけました。値段を聞いたところ、9ユーロということでした。ゴール地点で装着したらウケるかな、と思ってつい購入してしまいました。

 

14時40分、受付の会場であるホテルフェニックスに到着。受付をしようとしたら、受付の担当がお昼休憩しているので、暫く待っていてね、ということでした。30分ほど待ってから受付完了。

 

 

その後、ドロップバッグに用意した荷物を入れて行きます。ビニールに入れた荷物に、自分のゼッケン番号、名前、チェックポイント名を書きました。また、他の人の荷物と区別がつきやすいようにピンク色のゴミ袋に荷物を入れることにしました。結果的にいうと、預けた荷物は手渡しで渡してくれましたので、チェックポイントで自分で探す必要はありませんでした。しかし、今までの話からすると自分で探すことの方が多いようですので、目立つ色にするのは重要だと思います。

 

その後大会のブリーフィングで簡単な説明を受けました。ブリーフィングが終わって、会場を出ようとしたところ今回は一緒にサポートしてくれるラザロフさんとアポストロスさんに会うことができました。たまたまネットで知り合ったギリシャ在住日本人が紹介してくれたのですが、トレイルの大会を主催するほどの方のようです。とてもゆっくりとした、分かりやすい英語ではなしてくれました。予めサポートの仕方をメールで調整していましたが、現地で購入する必要なもの、合流地点や時間がについて確認をしました。

 

元のホテルに帰る頃には16時30分頃になっていました。明日必要なものを買いにスーパーに行きました。ギリシャの水は硬水なのですが、マグネシウムが多いと便が緩くなるのでなるべく少ないものを選びました。

 

ホテルに戻ってから、用意したジェル、電解質をcp毎に整頓して袋に詰めました。今回もUTMBと同様にかなりの時間を走ることになるので、そのぶんジェルも大量に必要です。今回は暑さ対策の関係で電解質もかなり多く準備がしました。

 

翌日の天気予報を確認をしたところ、天気は雷雨、最高気温22度、最低気温18度と出ていました。これは全く暑くなりそうにありません。しかし、天気予報も外れることはありますから油断禁物です。

 

そして、夜 10時に就寝。ホテルのベッドが良かったこともあり、ぐっすりと寝ることができました。

 

レース当日、2017年9月29日。朝5時起床。レース前にこんなにしっかり寝られるのはとても大事です。擦れる場所にテーピングをして、露出している場所に日焼け止めをつけて、しっかり準備をしました。

 

6時半頃に会場に到着したのですが、まだあまり選手が揃っていませんでした。少ししてからラザロフさん、アポストロスさんと合流。一緒に写真を撮って、これから宜しくお願いしますと伝えました。また、走行しているうちに日本人が選手が続々とやってきたので、知っている人たちと挨拶して一緒に頑張りましょうとお話ししました。

 

河内さんが、この辺に立ってたらそのうち横断幕が来るよ、と教えてくれたので、その場所で立っていました。そうすると、横断幕がやってきました。選手は横断幕を持ちながらポーズをとり、それに向かって写真を撮る人も大勢いました。スタート地点では横断幕をだけの準備がなので、前日いっても分からなかったのは納得です。

 

午前7時に大会スタートです。

 

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②スパルタスロン レースの概略

 

今回のレースは246kmを36時間以内で走るレースです。9月29日の朝7時(日本時間で13時)スタート、翌日19時(日本時間で25時)が制限時間になります。完走率は3割から6割程度です。UTMB(モンブランで行われる170キロの山岳レース)よりも参加基準が厳しいにもかかわらず、完走率がUTMB(6割)より低いのは、それだけ制限時間が厳しいということです。

 

ちなみに、この246キロという距離、東京から浜松までの距離だそうです。UTMB:170キロの時は静岡駅までだったので、それよりも遠くに走ります。自分は全く経験したことのない未知の距離でした。

 

レースはUTMBとは異なって、8割がた道路を走ります。スタートが朝7時で涼しいのですが、いきなり気温が上がっていきます。初めのうちはエーゲ海沿いの気持ちの良い道路を走ります。

 

 

例年30度くらいまで気温が上昇するようで、その暑さで選手がやられてしまうようです。80キロ地点のコリントスまではやや制限時間が厳しく、暑さでやられる選手もいて、例年2-3割がここで脱落するようです。

 

80キロのコリントスを過ぎると内陸に入ります。制限時間もやや緩くなりますが、その分体力も落ちています。また、大型犬がいるようなので、襲われないように注意が必要です。

 

123キロ地点のネメアを過ぎたころにはもう夜になっていると思います。ヘッドライトを装着して走ります。

 

148キロのリルキアを過ぎると、この大会の名所のサンガス山です。標高1100メートルくらい、いろは坂レベルです。

 

このころはたぶん朝の4時か5時くらいで寒くなっている時間帯です。気温が5度以下になることもあるので、松岡修造下着を持っていきます。

 

171キロのネスタニのころに朝を迎えます。ここからまた暑くなりそうです。多分この辺りでは疲労困憊でペチャンコです。

 

195キロ、テゲアを過ぎると、後はゴールまで関門はありません。でも、ここからまだ50キロ以上あるのでまだまだ遠いです。(あと、走って初めて知ったのですが、212キロ付近の山はアップダウンが続いて辛かったです)

 

246キロ地点がゴールで、イケメンのレオニダスさんの銅像が待っています。300人の兵士で200万人のペルシア軍と戦った英雄だそうです。多分彼は覇気が使えますね。この人の左足に触ったらゴールです。本当はキスをするらしいけど、衛生的にどうかなと・・

 

 

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