ネスタニ~テゲア 172~195km 午前9時57分通過(制限時間11時10分)
区間タイム3時間2分 1km辺り7:55
この区間は平たんで、とても走りやすかったです。ペースも上々で制限時間の余裕も徐々に増えていました。ただ、補給がややおろそかになっていました。特に、夜間少なくても問題なかった塩分ですが、そのまま摂取をおろそかにしていました。エイドについて、自分の持っている塩分サプリが殆ど減っていませんでいた。本当は油断せずにとるべきだったのですが・・
テゲア~バス停 195km~227km 午後3時18分通過(制限時間午後4時)
区間タイム5時間21分 1km辺り10:02
テゲアを出てからも、しばらくは気持ちよく走れました。195キロ地点を越すと、登り基調になりました。「ここから17キロで200mアップ」と、説明の図にはかいってあったので、相当緩い坂道だとおもったら、全然違いました。大体200キロ地点から上り坂が始まるのですが、202キロ地点ですでに200m登っていました。そのため「今後上り下りが無いはずはないのだけど、どうしたことだろう?」と考えていました。最後に標高断面図を載せたのですが、実際には上り下りが連続した道が続いていました。上りは走るには少しつらい道でした。上位選手は走るのだと思います。ただ、無理しても仕方がないので、歩いて登って、下りは走ることにしました。
ペースは遅いとは言っても、制限時間からの余裕度が減るわけでもなく、ある程度順調に走れていました。しかし、210キロ地点辺りで急に腹痛が生じました。以前でも暑い時の大会で生じたことのある腹痛です。今となっては脱水の結果生じた腹痛だったとわかるのですが、その時の自分にはよくわかっていませんでした。(脱水になって、真っ先に胃腸の血流が減ると思います)分かっていたらすぐに塩分補給をしたのですが、その時はそのまま走り続けていましました。腹痛が強くなって、途中で何度か草陰で用を足しました。ティッシュを持ってきていて良かった・・あと、靴をはいたまま脱げるズボンで良かったです。
腹痛が激しさを増すと、全く走れなくなっていました。今まで完走できそうな感じがしていたのに、スーッと完走が遠ざかっていく感じがしました。悲しくて涙が出そうになりました。でも、頑張ると途端に腹痛が強くなって、便意が生じてしまいます。そのため、また余計に時間がとられてしまいました。
バス停~スパルタ 227km~245km 午後6時39分21秒ゴール(制限時間午後7時)
区間タイム3:21 1km辺り11:10
このバス停を出ると、あとは殆どが下り坂だったのが幸いでした。あまり頑張らなくてもそこそこのペースが出せました。そのため、腹痛もそこまで強く出ませんでした。ただ、ジェルを飲むとそのまま下ってしまうので、ほとんど補給が出来なくなりました。制限時間までの余裕が減っているのは知っていましたが、どのくらい減っているのか、今のペースで間に合うのか、確認する余裕がなくなっていました。(246キロ-現在の距離)/(ゴール制限時間ー現在時間)=ゴール可能な最低ペース、という計算は、序盤ではできますが、終盤ではなかなか難しい計算です。1キロ9分だと間に合うかな、とか考えていましたがどうにもギリギリでした。236キロ、最終サポート地点では、ほぼ通過することにしました。おそらくゴールするとしてもそんなに余裕がないと思ったからです。やっぱり頑張ると腹痛が強くなるのですが、そのギリギリのペースが分かってきていました。
残り5キロ、当時点でも完走できる確信が持てませんでした。そのため、現在できる力いっぱい走りました。数分の差でゴール出来ないと思ったときは、腹痛がどうなろうとできる限りのダッシュをしてみるつもりでした。ただ、そうなる前はむしろ腹痛をうまくコントロールしている今の状態を維持するのが重要だと思いました。この辺りは時間が経つのがとても遅くて、というか自分の進むペースも遅かったので、時計を見直しても50mくらいしか進んでいませんでした。
最後1キロはビクトリーロードで、本当は完走できる喜びを噛み締めて走る道です。しかし、全身の疲労度が激しいのと、腹痛も強いので、集中力を切らしたらそのまま倒れそうでした。そのため、子供にはタッチをするけども、決して足を緩めることはしないでおこうと思いました。とても長い時間をかけて1キロを走ったような気がします。最後、ようやくレオニダス像の左足にタッチすることができました。すぐ後ろに日本人の方がゴールして、ゴールパネルを踏むように教えてくれました。35時間39分21秒でした。

その場で倒れたい気持ちでしたが、綺麗なお姉さんが月桂樹の冠をかぶせてくれたり、祝杯の水を飲ませてくれたりしてくれました。そこはなんとか頑張って立っていようと思いました。記念撮影も(立っているだけですが)頑張りました。
その後、救護所まで連れて行ってもらって、ストレッチャーに横になることができました。体温を測ると38.8度。運動後ということもあって発熱していました。点滴をしてもらっている間、看護師の方に靴を脱がせてもらいました。靴下も脱がせてもらって、水の入った桶に足を入れた途端、全身の震えが止まらなくなりました。体温は高かったはずなので何かしらの神経反射だと思うのですが、突然寒くて仕方なくなりました。運動を終えて急激に体温が下がったのでしょうか。急遽足を洗うのを辞めてもらって、毛布を数枚かけてもらうことになりました。
1時間ほど横になった後、殆ど歩けない状態でしたがタクシーを使ってホテルまで戻ることになりました。乗るときまでは人手がたくさんいたので、どうにかなったのですが、タクシーを降りたら一人で歩くしかありませんでした。立っているのもやっと、という感じでしたが、何とか時間をかけて部屋に戻ることができました。
翌日、なんとか人の3分の1程度のスピードで歩くことができるようになりました。ホテルからレオニダス像まで450mなのですが、果てしなく遠く感じました。落ち着いた状態でレオニダス像をみたら、「完走したんだ・・」と実感することができました。

いろんな人にスパルタスロンに参加すると言っていた手前、何としてもゴールすると思っていました。腹痛はしんどかったですが、レースをやめるという選択肢は初めから最後までありませんでした。今回のレースはいわゆる「失敗した」レースでした。しっかりとした補給計画があったら腹痛は防げたと思います。1日目はかなり手厚い「暑さ対策」をしていたのに、2日目は油断していました。ペースが遅くなる分エイド間の時間は増えることもあまり計算していなかったと思います。今回は完走率がとても高かったと聞いています。それは、スパルタスロン特有の高温が無かったためだと思います。私は高温に弱いので、恐らく例年通りであれば完走は危うかったと思います。また、140キロ以降の「ぺしゃんこ」になった状態以降でのペースは他の人より遅かったように思います。これが早いと随分最終タイムに影響してくると思います。基礎体力もまだまだ不足しているので、しっかりとトレーニングしたいと思います。
いつに日か、スパルタスロンで最後まできちんと「走った」レースをしたいな。



