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森谷充雄(もりやみつお) マラソン日記

もともと運動に縁のなかった私が突然マラソンに目覚めて様々な大会に出ることになりました。その記録をブログにします。

2017年1月、スパルタスロン参加の第0次関門の申し込みです。定員がとても少ないため、一瞬で締め切られてしまいます。以前は1時間で締め切ったということですが、今年はもっと早いことが予想されました。そのため、外来を一時中断して、10分前から院長室にこもってパソコンに向き合いました。死力を尽くした関係で、なんと1番に申し込みを完了。これでスパルタスロンへの参加資格を得ました。

 

当時、全く完走できる自信がなかったため、以前セミナーでお世話になった小谷さんにコーチを依頼。快く引き受けていただきました。うちから少し距離があったため、実際に対面で指導を受けたのは数回だけ、他はスカイプを使った遠隔授業を週に1回行いました。

 

スピード練習と距離を踏む練習、それぞれの期間に目標をもって練習することができました。そのため、2017年の古河はなももマラソンでは3時間14分の自己ベストを得ることができました。

 

 

また、5月の萩往還140キロでは18時間29分。予定よりも少し遅かったですが、ゴール時にペチャンコにはならず、レース後でも「疲れてるけどまだ走れる」という実感があったレースでした。超長距離を走るとどうなるかをなんとなく理解することができました。

 

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①大会参加までの経緯 (私のマラソンプロフィール)

 

2014年8月に初めて挑戦した北海道マラソンは、今までハーフマラソンしか経験したことのなかった私にとって大冒険でした。26キロ地点くらいで体力の限界がきて、35キロ地点からは徒歩がまじりました。最後の方の北海道大学キャンパス内ではほとんど走れなくなりました。このレースは制限時間が5時間というレースで、記録は5時間1分5秒。制限時間はオーバーしていましたが、一応完走扱いになりました。とても悔しくて、絶対に速くなると心に誓いました。

 

その後はマラソン速くなるために情報収集しました。その結果自分に一番合っていると思ったのが岩本能史さんの「非常識マラソンメソッド」という本です。彼の理論に基づいて練習を行ったところ、2015年3月の古河はなももマラソンで3時間52分、サブ4を達成しました。最後まで歩くことなく、まさに「完走」しました。この時の喜びはとても大きいものでした。

 

先ほどの本の著者の岩本さんは、「スパルタスロン」というギリシャのレースに打ち込んだ、と書いてありました。246キロもの長距離を走るレースです。ただ、この時は自分に縁がないものだと思っていました。

 

その後も彼の理論に基づいて練習して、だんだん速くなっていきました。2016年3月古河マラソンでは3時間23分、サブ3.5を達成しました。これなら100キロも走れるのではないかと思って参加した富士五湖チャレンジマラソンは惨敗でした。60キロ地点くらいからペースが落ちていて、なんとか歩きを交えながらゴールした、という感じでした。フルマラソンのタイムがほとんど自分と変わらない友人と1時間くらい差をつけられてしまいました。100キロマラソンは補給(レース中に食べるもの)の仕方やペース配分などの戦略がとても重要だ、ということを知り、次回リベンジする決心をしました。

 

リベンジの機会は比較的すぐ、2016年9月にやってきました。えちごくびきの100キロマラソンです。ここはスタートからゴールまで、まさに自分が予定していた通りの走りができました。自分でも出来すぎのレースです。結果は9時間49分、市民ランナーのグランドスラムの1つとされているものです。何とスパルタスロンの参加権を得てしまいました。

 

 

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2日目のルートですが、キャンプミュアから、コーリッツ氷河を渡り、カテドラルギャップを登り、イングラハムフラットを登って、イングラハム氷河を横断、ディスアポイントクリーバーを登って、そのまま頂上へ・・と思っていたのですが、実際にはエモンズ氷河も横断して、エモンズショルダーと思われるところあたりで帰ってきました。その先がどうなっていたのかは良く分かりませんでした。

 

 

午後10時過ぎ、キャンプ内で誰かの携帯のアラームが鳴りました。みんなその時間で起きだして準備が始まりました。11時ころには準備が完了して、朝ごはんも食べました。持っている食料が多くはなかったので、ご飯を1パックしか食べませんでした。登山中に食べる余裕がなかったことを考えると、ここでしっかり食べなかったのは後悔しました。途中はゆっくりできる場所がないので、初めにしっかり食べることが重要のようでした。(給水もなかなかしっかりできませんでした)ハイドレーションパックは凍るからやめた方が良いかなとも思いましたが、途中で脱水になったのも高山病を起こした原因のようなので、次回はハイドレーションパックを装着して登りたいと思いました。

途中、氷河がせり出している様子は迫力がありました。

 

 

これは、比較的終盤のコーリッツ氷河なのですが、はしごで渡る部分がありました。3メートルくらいの幅ですが、そこが見えなくて怖かったです。梯子の足場の部分がいくつか破損していました。ロープで確保してからわたるので安全とは言っても、超怖かったです。

 

 

 

その後も、氷河のせりだしているすさまじい景色のなか進んでいきます。これでどうやって山頂まで道が続いているのか理解不能でした。

 

 

高度が3900m程度の地点で、高山病の影響もあって体に力が入らなくなってきたため、撤退することにしました。この時点でも結構体力が失われていました。この地点から直登だったとすると距離ではほんの少しなのですが、無理して帰れなくなっても良くないなと思いました。

 

高度が下がってから、日が出てきました。

 

帰りの途中、イングラハム氷河が見えます。左奥にテントがあります。1日目でここまで登る人もいます。クレバスが物凄くて、氷河をかなり迂回する遠回りなルートが取られていました。

 

クレバスの奥がとても深いです。

 

キャンプミュアに着いた時には結構ぐったりしていました。SpO2を測ったら75%でした。引き返した地点では何パーセントだったのか気になります。しばらく休んでから下山開始。

 

 

またミュアスノーフィールドを下ります。来た道を戻るのがとても長く感じました。登るより下る方が難しくて、足のつま先に痛みを感じました。滑りながら下るという感じですが、数回転んでしまいました。

 

これから登るグループにも出会いました。

 

午後1時に下山しました。パラダイスが凄く混んでいたので、昼ごはんはアッシュフォードに戻ってから食べることにしました。

 

マウントレーニアというピザを頼みました。どの辺がマウントレーニアなのか・・具が盛りだくさんということでしょうか。結構食べましたが、一部持って帰りました。

 

まずは無事に帰ることが第一目標なので、無事に帰れて良かったです。ただ、できることなら山頂に行きたかったです。問題なくはしごも渡れたので、単純に体力の問題ではあると思います。給水、補給がもう少し充分できていればもう少し良く進めたと思います。高山病対策は有効でしたが、2日間で高度約2500mあげるのは少し急だったようにも思えます。しかし、翌日の天気がやや悪いことが分かっていたので、もう一泊するという選択肢は(日程上可能でしたが)ありませんでした。

 

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いざ登山開始、とはいっても、始めは整備された公園内を歩きます。

 

 

途中でリスやマーモットをたくさん見ました。前を歩いていた人がリスにドーナツをあげていたようです。

 

 

これがその前を歩いていた人(笑)

 

マーモットが沢山いました。マーモットは草食のせいか、人に近づいては来ませんでした。日光浴が気持ちよさそう。

 

 

ライチョウもいました。

標高が少しずつあがると、木がなくなってきます。もともとマウントレーニアは火山なので、大きな石がゴロゴロしています。

 

付近にはマウントアダムス、マウントへレンズという有名な山があるようです。へレンズ山も登山には許可が必要だそうです。次回来るときは登りたいです。

 

 

まだまだTシャツで登れます。

 

 

途中で川も渡ります。

 

 

川を渡ってすぐに、ミュアスノーフィールドという氷河にでます。氷河といっても、初心者のスキー場みたいな感じで、普通に歩けます。一応ピッケル出しました。

 

 

 

 

後ろからもどんどん人が昇ってきます。途中でスノボで上から滑ってくる人がいました。

 

 

この辺は全然余裕です。途中で氷河が崩れる音が何度かしました。とても迫力がありました。

 

 

登山を始めて5時間くらいでキャンプミュアに到着。出発が速かったので、午後1時くらいです。今日はここに泊まります。高度は3000mですが、事前に槍ヶ岳に行ったのでこの高度には慣れていました。

 

 

写真やや上の建物がレンジャー用の小屋。ここの人に声を掛けました。これから登る山の状況を良く教えてくれました。今年は暖かかった関係で氷河にクレバスが沢山あるようです。登山の時期としてはシーズン後半ということもあって、難易度が高くなっていると注意を受けました。午前7時には下山を開始するように言われました。

 

キャンプのトイレはしっかりしていて、快適でした。

 

 

登山者の泊まる部分。私たちは下の段で寝ました。そんなに混んでいませんでした。

 

 

多分旅行会社のご一行でしょうか。

 

 

登山から降りてくる人が時々見えました。

 

 

昼ごはんの準備です。

 

昼ご飯はカップラーメン+インスタントご飯

時間があったので、外を眺めて過ごしました。ここから上の氷河は、斜度が強くなっているせいかクレバスが多発していました。

 

 

まだまだ外は明るいのですが、翌日は11時起床ということもあって、早々に寝ることにしました。とはいえ、なかなか熟睡はできませんでした。やはり、体が高度に完全には慣れていないのかもしれません。

 

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