八王子高尾 ピアノ教師 の日記 -74ページ目

八王子高尾 ピアノ教師 の日記

桐朋学園大学ピアノ科卒業後個人でピアノを指導しつつ演奏活動を続けております。八王子市高尾駅より徒歩5分です。
皆様と音楽やピアノについて、交流ができれば幸いです。ピアノについてのご質問等も是非お寄せ下さい。
oyuki42koba☆yahoo.co.jp ☆を@にかえて下さい。

今日はある方のご好意で、約30名の方が参加するピアノサークルの練習会を見学させていただきました。

会場は閑静な住宅街にあるとてもお洒落な洋館風のお宅で、ピアノはスタンウェイ
(・・・この会場素敵!いいな♪)

長らくピアノを続けている一般の方々の演奏会というか、練習会でした。


皆さん、とても難曲に挑戦され、かなりレベルが高かったので驚きました。

スクリャービンのエチュード、ショパンのバラード、ブラームスの間奏曲、ベートーヴェンのワルトシュタイン

これは音大の入試か、はたまた何かのコンクールかしら?・・・



なおさら驚いたのは、例えばショパンのワルツNo.2を弾いた若い男性の方。
一人暮らしで、家にはピアノどころか電子ピアノもなく、週末にスタジオを借りて練習するだけだそうです。


それでこの難曲を弾ける様になってしまうなんて、凄い事です。

読譜と指のウォーミングアップは自宅で済ませ、スタジオを借りる時は、曲を仕上げる事に専念するそうです。

限られた時間で一生懸命努力をされているのですね。頭が下がります。


若い方の演奏はとても前向きで、難曲にひるむ事なく挑戦され、テクニック不足があっても気力で補います。

特に若い女性、とても力強く前向きな力強い演奏をされます。
どちらかというと、男性の方が穏やかでコツコツ・・・という感じの方が多かったです。

これも時代の流れでしょうか?


やはり自分で「これが弾きたい!」と選んだ曲なので生き生きと楽しそうでした。
嫌いな曲だと技術的に出来ない事も、好きな曲なら弾けてしまうのです。不思議です。

私の場合、あまり弾きたくない曲・・・の場合、音譜は1つ1つの文字の羅列の様に感じます。
共感できるものがなく、文字の羅列をただ素読みしている様なものです。

しかし、何かピンとくるものがあり、何かが共感できた瞬間、文字の羅列は生きた言葉となり、心に響いてきます。
すると何度練習しても全然弾けなかった部分も、するりと弾けてしまうのです。

その経験が一つ自信に繋がり、何故か技術的にも突然上達する事がよくあります。


又自分が苦手であまり好きでない曲に挑戦された女性もいらっしゃいました。
苦手だけどドビュッシーやります!・・・子供の領分の「像の子守唄」とても丁寧で良かったです。

苦手でよく解らないから、とにかく丁寧に楽譜を読んで、丁寧に練習されたのでしょう。
フレーズが丁寧に歌われ、音もきちんと響きが弾き分けられ、とても安心して聴けました。
あ・・・眠くなっちゃうかも

ピン!とくるものは今でもないそうですが、以前より好きになってきたそうです。
するともう少し理解してみたいという気持ちになり、ドビュッシーについて調べたり、ドビュッシーの他の曲に挑戦してみたいそうです。

感性の幅が広がり、どんどん表現力がついてくる事でしょう。
それが更にテクニックの面で上達につながりますね。


お仕事や子育ての合間に細く長くピアノを続けていらした方々の演奏会、とても楽しませて頂きました。

余談ですが・・・・若い方の略語、面白いですね。

「ショパバラ、ムズいです」・・・なら私もわかりますよ。

「僕、タコ8大好きです!」・・・・・(亡くなったタコ八郎さんのこと?)

ショスタコーヴィッチ8番・・・・・わかんない~~・・・勉強になりました・・・



長い間更新をサボってしまいまして、反省しております。
私は冬より春が苦手で、春に必ず体調をくずします。

又冬の凛とした空気が好きなので、春にもわ~~っとなってくると少々憂鬱になります。
何だかムシムシムズムズ・・・・気圧も変わりやすく落ち着かなくて(笑)

とはいえ、春は活動が始まる季節で、ぐずぐず言ってはいけませんネ。頑張ります。

ダンス(創作)が好きな知人がいまして、クラシックの音楽をよく使って振り付けしてます。

いくつかの作品をつくり仲間同士で発表する・・・楽しそうですネ。

先日相談を受けました。
演目時間3分程度を発表する機会があるそうです。

仲間がラヴェルのボレロを踊りたい!と希望してきたそうです。
ボレロは大変魅力ある作品で、気持はよくわかります。

が・・・彼女いわく、ボレロには時間が短すぎる!(確かにそうだ)どう説得しよう・・・

「そうだねぇ・・・」
ところで、ボレロの魅力って何だろう?

どちらかというと、平坦なメロディが延々と演奏され、少しずつ変わりながら何度も何度も繰り返されます。
次第に次第に、醸造されコクが出て、少しずつ盛り上がりクライマックスに向かう・・・

「この曲には、ある程度の「時間」というものが絶対に必要じゃない?」
「時間をかけ繰り返し発酵させ熟成させる・・・それがこの曲の命かもね?」

やはり3分では無理だ!と言って説得しましょう!・・・無事結論に達しました!(やれやれ)


この様に、曲には特徴、特性があります。

楽譜からそれをきちんと読み取り、それを軸に解釈していく必要があります。



今、ギロックのソナチネに苦労している生徒さんがいます。イメージがつかめないのでしょう。

曲のイメージは教師があまり押しつけるものでなく、自分なりのものを大事にしてほしいです。

ただ、今迄クレメンティやモーツァルトのソナチネになじんでいた子には、ちょっと戸惑いがある様です。

ちょっとしたヒントが必要な様です(笑)


今日は第一楽章・・・

イン・テンポですからずんずん、進んでいく様な印象になるよね。

次々音色が変わり和音は不思議な響きでしょう?ちょっと不安な感じもする時もあるし。

周りの景色がずんずん変わっていく様な・・・・不思議な世界に入っていく様な感じでしょうか?


特に和音が音階で下がっていくと、なおさら自分が迷いこんでいく様なイメージになります。
音階で上昇すると、自分の意思で進んでいく様な感じかな?

今迄にあまり聴きなれない落ち着きのない不思議な響きのする和音

落ち着きのない不思議な和音・・・・なら不思議な感じをそのまま素直に感じて弾きましょう。

一つ一つのフレーズはとてもわかりやすく明確です。・・・
不思議な響きの上に、イン・テンポで明確なフレーズ。

不思議な世界が次々広がるけど、ずんずん引き込まれる様に進んでいく感じ・・・・かな?



作曲者が楽譜に書いてくれた事を、丁寧に読み解く事
その上で、その曲の特性、軸をきちんととらえ、自分なりにイメージする・・・・


これからは、ちょっとそんな事も考えてみましょうね。
私はドビュッシーが大好きで、弾きたくてうずうずします。

初期の親しみやすい作品より、又晩年の作品より中期の作品が大好きです。

初めて作品に触れたのは中学生の時。前奏曲集でした。

楽譜としてはかなり難解で、当時の私には読み解くのは難しかったはずです。
が、それは全く問題になりませんでした。不思議な事に理解できるのです。

副題の様に曲の最後につけられた詩的なタイトルに、勝手にイメージが膨らみました。
おそらくこの副題、がイメージを作るのに大きく影響したのでしょう。

でも、そう、この副題は作曲者が曲の終わりにつけた物で、それもよく解るのです。
何となくのイメージであり、曲の始めに書かれてしまうとイヤなのです。


不思議なのは「これらの曲をほとんど聴いた事がないのに弾きたくてたまらなかった・・・」という事です。

聴覚的に知らない曲なのに、楽譜を読むだけで「こう弾きたい!」という欲求が湧くのです。

その後多くの名演奏を聴きました。コンサートでもCDでも・・・でも特に感動しないのです。

ミケランジェリやポリーニの演奏・・・・素晴らしかったです。

でもミケランジェリの演奏は、ミケランジェリの演奏に対する感動です。
私にとって、彼の演奏ならドビュッシーでなくて良いのです。

ポリーニの演奏は、そのあまりに透明なピアニシモに息をのみました。
でも感動したのはその美しいピアニシモ・・・・ポリーニの弾くドビュッシーではないのです。

・・・何かが違う!

頭の中で膨らんだイメージが膨張し、他人の演奏が受け入れられないのです。

で、よくよく聴いたり弾いてみると・・・・何だか変にダサい音楽でもあります。
でも、イメージは今でも膨張してます。

反対に、音楽に詳しい方でドビュッシーが好きとか嫌いでなく、「理解不能」と仰る方がいます。

「”牧神の午後への前奏曲”・・・ありゃ、何?」
「甘美な白日夢、夢の中の甘い歓喜、遠くから風にのって微かに聴こえる牧神の笛・・・・」
「何が言いたいの!イライラする・・・」

こんな具合に話がかみ合わないのです。
(この方はラヴェルのボレロを聴くとアドレナリンが飛び散る程興奮するそうです)


ドビュッシーの名手と言われたマルグリット・ロンの言葉です。記憶がややあいまいで正確な表現ではありませんが・・・・

「ドビュッシーの作品は、楽譜を見た瞬間イメージが湧かなければ絶対に弾けない」


イメージの膨張はとどまる事を知りません。

交響詩「海」・・・
アンセルメ指揮、好きでした。耳にタコが出来るほど聴きました。
今でも全部覚えていて、スコアのごく一部を見てもすぐわかります。

初版の表紙に葛飾北斎の「富国三十六景の神奈川県沖浪裏」が作曲者の希望で使われました。

いくら作曲者でもこれは許せません!(私って何様?????

具体的な視覚的イメージを押しつけられるのがイヤなのです。違うのです。


・・・・・・この感覚は何なのでしょう。もう少し追及してみたいと思います。