月2回このピアノでロビーコンサートが開催されます。


声楽家の友人と、2人で連休に演奏させて頂ける事になりました。
ベートーヴェン、シューベルトの歌曲等
ピアノソロ、ショパンを弾く予定です。
以前、レプリカのピアノフォルテを弾いた時にも感じました。
音が減衰するまでの時間が、現代ピアノより少しだけ長いです。
鍵盤の戻りは同じくやや遅いので、あまり速くは弾けません。
アクションが開発され、鍵盤の戻りが格段に速くなった近代。
ラヴェルが好んで用いた様な同音連打が可能になったのと引き換えに失ったもの。
それがこの美しい残響の余韻の様な気がします。
レガートを丁寧に基本どおりに、手でつなげる必要があります。
ペダルの戻りが遅く、必要以上に踏むとすぐ濁ります。
例えばショパンの楽譜を見直すと、ショパンの指示どおりにしかペダルは使えません。
それを現代ピアノで練習すると、少ない音の余韻を埋める為、自分の耳に頼り、余計な事をしてしまいます。
余韻が少ないので、テンポが速めになります。
必要以上にテンポルバート(テンポの伸び縮み)する傾向もあります。
余韻の美しい楽器では、余計なテンポのゆさぶりは、うるさく感じます。
ペダルも、響きの薄さを補うために、つい多様してしまいます。
現代ピアノなら、何とかそれなりに聴こえます。
しかし、この時代のピアノでは、おかしな事になってしまいます。
音域によって音色が違うのも、現代ピアノとの大きな違いです。
特に低音部、小さくティンパニを叩いている様な音です。
ボワン・・・
高音部は、やや金属的なはじく様な音です。
シャリン・・・と美しい余韻が残ります。
シューベルト、ショパン、シューマン等
スタッカートの指示がメロディや低音部にみられます。
現代のピアノで、ピッピッと鋭く弾くとイメージが違ってしまいます。
そこには美しい余韻があったのですね。
無論、余程の機会がない限り、ほとんど現代ピアノで演奏します。
けれど機会があれば、その時代の楽器に接しなければと痛感します。
本当に不思議です。
違う楽器で弾いていても、演奏者のイメージは聴き手に伝わります。
チェンバロを弾く方がピアノでバッハを弾くと、チェンバロが浮かびます。
当時の音を常に思い浮かべ、その上で推敲していかねばなりません。
私達がアマチュアの方の演奏を聴くと、普段練習している楽器の音がきこえます。
電子ピアノの方、アップライトの方、大体解ります。
教室の生徒さんは、普段電子ピアノで練習している方が多いです。
他の方も、アップライトです。
けれどレッスンで、1920年代製作のドイツのグランドを弾いています。
生徒さん数人は、スタジオにヨーロッパ製のグランドを弾きにいくそうです。
子供達も、「先生の家のピアノの音が好き」とよく言います。
今回のコンサートにも、生徒さんが来てくれます。
きっと又何か、感じてくれると思います。
そういう訳で、・・・最後の追込み中です(汗)
「どんな曲かわからないから苦痛~」
