八王子高尾 ピアノ教師 の日記 -27ページ目

八王子高尾 ピアノ教師 の日記

桐朋学園大学ピアノ科卒業後個人でピアノを指導しつつ演奏活動を続けております。八王子市高尾駅より徒歩5分です。
皆様と音楽やピアノについて、交流ができれば幸いです。ピアノについてのご質問等も是非お寄せ下さい。
oyuki42koba☆yahoo.co.jp ☆を@にかえて下さい。

ピアノ愛好家の方達とお話する機会がありました。

話題になったのは、アマチュアコンクール



毎年の様に先生に勧められ当然の様に受けていた方。

今年は自分の意志で「お休みする!」という決意表明

それまでの心の迷いをお話してくれました。



曲を用意するのに半年余かかる事、

どうしてもコンクールを意識して選曲、練習してしまう事、

自分の弾きたい曲や演奏から、少しずつ離れてしまう事への焦り

最後の決意に至ったのは、ご家族の言葉だったそうです。

「もっと幸せそうに弾いてよ~」・・・練習つらいですから(笑)




アマチュアコンクールの場合、全国から多くの方々が参加されます。

審査員の先生の価値観も様々です。

公平な審査基準も必要になります。


「ある程度の難易度の曲を、ミス少なく演奏できる事」

ある程度の難易度、とされる曲を選ぶ必要があります。

そして、速く正確に弾ける!というPRも必要でしょう。

(これが様々な問題の原因なのですが、又別の機会に)




多種多様な価値観がある今日、解釈の問題も大きく影響します。

審査員の解釈が別れやすい、バロックや古典は怖いです!

と仰ってました。



こんな例がありました。

バッハのフランス組曲のアルマンドのテンポが遅すぎる、

という理由で格段に低い評価をつけた審査員がいたそうです。



本番自体ではありませんが、本番の数日前、実際私も聴きました。

少し遅めではありましたが、アルマンドの雰囲気を壊すほどでもないと思いまし
た。

むしろそのテンポが醸し出す寧さに、好感を感じました。



「舞曲には相応しいテンポがある」・・・確かにこれは当時の原則です。


けれどバッハの時代、テンポの慣習は残ってますが、既に様式化されています。

これに合わせて踊った訳ではありません。

又残響の短いチェンバロでなく、現代ピアノでの演奏です。

調律も平均律、バッハの想定外の響きです。



人により解釈が違うのは当然です。

気になるのは、テンポの解釈の違いが、この低い評価の原因なのか?

という事なのです。


又別の件です。

「シューベルトはロマン派です。もっと表現の幅を広げて弾くと良いです」

という評価もあったそうです。

これも正確な文章でなく、本人の話だけです。


時代的にシューベルトをロマン派と簡単に言う事には大変抵抗があります。

審査員により解釈が違う事はあるでしょう。


審査員が参加者に「何をどう見直すべきだと伝えたかったのか」

肝心の本人に伝わっていない事が気になります。

質問するのも良いでしょうね(^^)


私は本番での演奏を聴いた訳ではなく、講評も直接読んでいません。

講評を受けたご本人の話だけですので、その点ご了承下さいね。



ここでは、講評内容の良悪しを問題にしているのではありません。


肝心の参加者本人に、講評の主旨がきちんと伝わっているか。

参加者に、どこをどう検証すべきか解る様に考慮され書かれているか。

あくまで演奏の講評(時には感想)としてだけ書かれているのか。



つまり講評内容をその様な視点からも、検証する事が大切だと思います。



コンクールを否定するのでなく、自分の為に上手に遣って欲しいのです。

自分の演奏にどんな評価がつくのか、恐れず挑戦するのは良い事です。

又プレッシャーの中、楽しんで演奏できる為には良い練習の場でもあります。

そしてこの様なコンクールにより、裾野も広がります。


評価を真摯に受け止め、指摘された事を整理する事が必要です。

すぐに取組むべき指摘、今は消化できないから先送りすべき指摘、

最終的には、価値観の違いとして解決する指摘もあるでしょう。


1年間の半分以上を練習や準備に要します。

ご自身のピアノライフに上手に利用し、振り回されない事が大切です。

予想より評価が低くても落ち込まない様に!

良い結果の時は、大喜び!


「あなたのピアノを聴いていると幸せになる!」

ご家族や友人、そして何より、弾いているご本人が幸せになれる演奏を目指して下さい。


これからシーズンです。参加される皆様、頑張って下さいね。
ピアノは大変厄介です。

楽器演奏の中では最も複雑で不自然です。

よく脳トレに良いと言われますが、それどころではないと思います。



まず扱う音の数が格段に多いです。

時には片手で6つの音を出す事もあります。

親指(1指)で同時に2つの音を押さえたりする事はよくあります。

特にラフマニノフとかに言いたいですが・・・

指は片手に5本しかないのだゾ!

(巨匠に暴言、失礼致しました)



最も厄介なのはポリフォニー、いくつもの声を歌わせます。

2本の手で、何人もの人が歌う様に弾かねばなりません。

和音でもコーラスの様に、それぞれのパートを歌わせます。

それぞれの声が寄り添ったり対話したりしつつ、きちんと歌われるべき
です。



同時に複数のメロディを歌う事もよくあります。

ある声がクレッシェンドしている時、同時に別の声はデクレッシェンドする。

ある声がしっかり歌い始めるその瞬間、他の声が丁寧に歌い終える。

それを片手で奏する事もよくあります。



私には指が10本、手が2本、イマイチ頼りない脳が1つしかない!

(重ねて暴言失礼致しました)



しかも、ある声だけが5連のリズムで歌ったりする事もよくあります。

特にスクリャービンとかに言いたいのですが・・・

お願い、どこかの声だけ素数の連符で歌うのやめて!

(重ね重ねの暴言失礼致しました)




音楽は常に流れますから、常に先を考えて奏する必要があります。

そうしないと音楽の流れが停まってしまいます。

けれどピアノは、一瞬先の情報量が膨大です。



複雑な一瞬先を考えつつ、複雑な現在もきちんと弾かねばなりません。

練習不足だとこの時間差を保つ事ができず、どんどんテンポが走り自滅します。

(トイレを我慢している訳ではないのです)

特に旋律楽器の方の中に、ピアノ伴奏の拍子感が悪いと仰る方もいます。

リズム感でなく、わかっているのに走ってしまうのです。

その事情を理解できない方も多い様です。



複雑なだけでなく大変不自然でもあります。

まず打楽器で歌わねばならないという事。


長い音符を弾く時、歌や管楽器は歌い続けます。

弦楽器なら、弓を動かし続けたりビブラートをかけ続けます。

ピアノは何もできません。音は減衰するだけです。



けれど長い音符を弾く時は、心で歌い続ける必要があります。

実際には長い音の音量は弱くなる一方です。

でも歌い続け、イメージで同じ音量を保ったり、逆にクレッシェンドする必要もあります。


そんな不自然な事をしつつ、同時に他の声を歌い和音を弾いたりせねばなりません。

同時に処理する事が多過ぎるので、出してしまった音を歌い続ける事に注意が回らなくなります。

けれど例えばショパンのノクターン等、これが出来ないと聴くに耐えない演奏になります。



もう一つ、鍵盤楽器の演奏は、最も音楽の本能から遠いのです。

声楽や管楽器は直接呼吸とつながります。大変本能的です。

弦楽器や打楽器は、自分が楽器と接する所と、楽器が音を出す場所が近いです。

又他の楽器は、自分の行動と楽器の発音法がほぼ一致します。


吹く、擦る、声を出す、叩く、はじく。



ピアノは、奏者が鍵盤を押すと、ハンマーが下から弦を叩き上げ音を出します。

そして自分が楽器と接する場所と、楽器が音を出す場所が遠いのです。




自分の動きは上から下なのに、実際は下から上に叩く事で音が出る。

鍵盤を押す所から、ハンマーが弦を叩き上げる場所は、手が届かない距離なのです。

大変不自然です。



しかも同時に、瞬間に色々な音色を出す事が要求されます。

低音が沈み込む様で、高音が遠くに通る様な音、中音域は溶け合って香る様に・・・



ピアノは他の楽器に比べ、膨大な練習量を要すると共に、脳に不自然なストレスがかかります。

「ピアノ科の学生は音楽性がない」

音大時代、よく言われました。


しかしそう批判する方達、ピアノの厄介さをどれだけ理解しているでしょうか?



プロを目指すなら、ピアノは幼少期の専門教育を要します。

ピアノ奏者は、他の楽器奏者と比べ音楽力が高い人の割合が多いです。

専門教育を受けていますから、複雑さに迷う人は少ないです。


それより音楽を奏する本能から最も遠い故、感覚の不一致で迷う人が多いのです。


最近では、専門教育を幼少期に受けていない方も、複雑な曲を弾く事が多くなりました。

感覚の不一致から、音楽を見失ったまま先生になる方も多いです。


様々な問題がそこから発生します。

ピアノと共に音楽を楽しむ為に、心掛けてほしい事。

今度まとめてお伝えする事に致しましょうね。



極めようとするとピアノは怖ろしい楽器です。

でも、本当に素晴らしい楽器ですから。
少し硬いお話です。

上達の為に・・・常に当たり前の事を意識し、きちんと守る。

それをうるさく言う理由を、上級の方の為にまとめますね。



弦楽器や管楽器はソロや無伴奏もありますが、主に音楽の一部を担当します。

ピアノはオーケストラの代用も出来ます。

ソロの曲でも、1人で何役ものパートを処理する事になります。



クラシック音楽はベースが多声音楽です。

メロディと単純な和音の伴奏でも、和音はコーラスの様に奏する必要があります。

もし3つの音から成る和音であれば、3人で歌う様に弾く訳です。


で、ほとんどの曲は、それよりはるかに複雑です。

多くの声が絡み合う構造が多いです。

頭の中に、何人もの演奏者と統括する指揮者を常におく訳です。



片手で2つ、3つの声を歌う事も多く、その際音色を変える必要があります。

片手で複数の声を、複数の音色で、両手同時に違う事を弾く訳です。

ショパンの舟歌等は良い例で、大変複雑です。



それぞれの声は、時にとんでもないリズムで絡みます。

2連と3連、3連と5連の組み合わせ等、珍しくありません。

譜読みの段階で、卒倒寸前

上級の曲になると、1分間の打鍵は数千にもなります。

暗譜だけでは弾けません。

脳の奥の奥まで、記憶と通り越して叩き込まないと、本番で固まります。


指遣いは?、手はどこを通るのか?、いつ鍵盤を目視してから跳躍するか?

全部段取りを練習で組み、反復し叩き込む訳です。

動作の全てを整理し叩き込む為には、ゆっくり確認しつつ何度も練習します。

速い曲で一瞬でも迷えば、演奏は中断してしまいます。


「ゆっくり意識して練習して下さい」という1つの理由です。



複雑だとフレーズの最後を丁寧に、音符の長さは厳密に、どころではありません。

でもこれら原則は、どの声部でも完璧に守らねばなりません。

でないと音楽が崩壊し、大変聴き苦しい演奏になります。


なかなか弾けなくて苦しむ時、原因はほぼ原則が守られていない事にあります。

複雑過ぎて原則を見失うと音楽が解らなくなります。

音楽と動作が乖離すると、技術的にも弾けません。


音楽の原則は初歩から叩き込み、無意識下にする必要があるのです。

拍子を正しくとる・音価を厳密に守る・フレーズの最後は丁寧に等々・・





もう一つよく言いますね。

「絶対に違う指遣いで弾かない事」

「書いてある指示は極力意識し、出来る限り全部最初から守る事」



動作は、かすかにでも記憶されます。

複数の動作を脳が知ると、迷いが生じます。

ペダル一か所、どこで離すか一瞬迷えば、速い曲では命取りです。



例えば有名な「木枯らしのエチュード」

あの曲の恐ろしさは、猛烈なスピードにあります。

どんな技術の持ち主でも、一瞬何か迷えば崩壊します。

演奏時や練習時、脳に相当な負荷がかかります。



この様な曲を複数同時に短期間でやる事がありますが、必ず身体に現れます。

免疫力が落ち、口内炎や風邪をひきます。

いくら食べても満足感が得られず、食べ過ぎます。

苛々して攻撃的になり、眠れなくなります。

大変なストレスがかかるのですね。



弾きたい曲は、出来るだけ弾いて欲しいと願います。

ただ時々とんでもない曲に挑戦する方もいる様です。

うちの生徒さんにはいませんが、よその先生から相談される事もあります。



背伸びは良いですが無茶はダメです。大きな犠牲を払う事になります。

「ダメ」と言うからには、理由があります。

アマチュアだから好きにさせて、という話とは次元が違います。


ピアノは、恐ろしい楽器でもあります。

どんなに上達しても、基本を忘れないで。

ピアノは恐ろしいけれど、でも、素晴らしい楽器ですから(*^_^*)