私は大変大雑把な性格で、細かい事はレッスンでは言いません。
只でさえ、ピアノは難しいので、あれこれ言うのも何ですので(笑)
言う事は基本的な事ばかりで、いつも同じ事になる訳です。
曲が複雑になると、誰もが基本を見失います。
そこを指摘する事になるのです。
弾く前に、良く考えてテンポを決めて弾きましょう!
何度も何度も言い続けております。
そう、実践するのが難しいのです。よくわかります。
別にテンポは途中でうまくごまかしても良いのです。
(本当はいけませんよ)
聴き苦しくなければ
(本当はいけないのですよ!)
この事をうるさく言うのは理由があります。
悪い思考の習慣を是正してもらう必要があるからです。
ふらりと弾き始める人に共通している事がいくつかあります。
その1つに、不適切な指遣いがあります。
解り易い例・・・
例えば右手で今、ド、を弾いているとします。
続けてレ、ミ、等上の音を速く弾く必要がある場合
ドを5指で弾くのはあまり望ましくありません。
指が足りなくなりますね。
不適切な指遣いは、不要なミスの原因になります。
何より音楽を大きく損ないます。
(ミスより、そちらの方がいやなのです)
指遣いを見れば、音楽力が解ります(本当です)
流れでふらりと、ドを1指で弾けるのに5指で弾く訳です。
その方がドを弾き易い訳ですが、次は弾きにくいですね。
当然そこでひっかかり「あ?」とそこだけ弾きなおします。
弾きなおす時は、正しい1指で弾くので弾けてしまいます。
そのまま先を弾きます。
これでは問題は解決しません。
問題の根底にあるのは、行き当たりばったり鍵盤を押す、という習慣です。
曲を最初から手にあてて、流して弾くだけの練習。
これだけを続けていると、この思考に陥りやすくなります。
もちろん皆さん、楽しさを求めて弾く訳です。
お仕事等の後、安らぐ時間が必要です。
上手になるだけが目的ではありません。
流して弾いて良いのです。
只、今迄10回、只流して弾いていただけなら、そのうち1回でいいです。
何回かつっかかった所を、1度ゆっくり取り出してみて下さい。
何故そこでひっかかるか、考えてみて下さい。
2回以上ひっかかる所には、必ず偶然でない原因があります。
そこで今迄言われてきた事を思い出して頂きたいのです。
テンポについても同じです。
1回でいいです。考えてから弾いてみましょう。
このタイプの方達に共通している事
「ゆっくり弾いて下さい」と言っても、ゆっくり弾けないのです。
同じ様に弾き始めて、私に「ダメ」と止められます。
聴き手の耳にテンポが決まるのは2つ目の音が鳴る瞬間。すぐですね。
だから、よく考えて弾き始めましょう!と言うのです。
安易にふらりと弾くと、テンポは落とせません。
又安易に弾き始めるテンポは、適切なテンポではありません。
自分が弾き易いテンポに過ぎないのです。(しかも冒頭だけ)
私には才能がない!リズム感や音楽性がない!・・・
嘆く前に、ほんの少し前に進める事は沢山あります。
それに気づいたら、加速がついて改善します。
無理をする必要はありません。10回に1回で良いのです。
上手にご自分のペースで、まず1歩、前に進みましょう。
10回に1回出来る様になったら、10回に2回って言うんでしょ?
はい(笑)・・・多分(*^_^*)
以前に書きましたが、ピアノ演奏は大変不自然で複雑です。
扱う音の数が圧倒的に多過ぎます。
音楽は常に先へ先へと流れます。
大変複雑な先を考えつつ、複雑な現在を弾くのは至難の業です。
ピアノは打楽器ですが、「歌う」事が必要です。
現実に消えていく音を歌い続けるのは、打楽器の性質と矛盾します。
それをイメージ(妄想)せねばなりません。
ショパンのノクターンが歌えない!

絶望の溜息をつく事になります。
しかも複数の声が、同時に異なる歌を歌います。発狂寸前です。
バッハのインヴェンション。
大変素晴らしくて弾きたいのに無理!

絶望の溜息つく方が多いのです。
自分は上から下に鍵盤を押すと複数のアクション部を経る。
そして身体から遠い所でハンマーが下から弦を叩き音が出ます。
直接吹いたり擦ったり叩いて音が出る他の楽器と違います。
自分が音楽を奏しているという感覚が、大変持ちにくいです。
冷静な妄想をしつつ。複雑な情報処理を行う必要があります。
脳科学者によると、聴覚処理だけでなく、視覚処理の部分も活動しているそうです。
別の部署も総動員で、脳細胞フル稼働

ピアノを弾く度「火事場の馬鹿力」状態で、大変なストレスです。
きちんと基礎を習得するならハノンやツェルニーは必要です。
音楽の基礎が、なんでこんな非音楽的なの?
ピアノを演奏するのに、非音楽的思考が多く必要だからです。
プロ志向でなければ、基礎練習は楽しくやる!
私、妄想力を駆使し、一生懸命考えるのです。
不安な気持ちで半音階
癒しの長音階、
ルンルン同音連打、
ロココなツェルニー。
音大に行きプロになるというなら、そうはいきません。
速いテンポへの挑戦、音楽と乖離する迄テンポを落とす練習等々を要します。
それを避けて、プロになる為の技術を習得する事はできません。
子供の頃から苦しい練習を要します。
指を正確に速く動かす為には、その運動をつかさどる脳の発達が必要です。
ピアノ演奏に特化して発達するそうで、11歳頃までの訓練が有効だそうです。
苦しい基礎練習の反復を「問答無用」で行うには、痛々しい年齢ですね。
練習はつらい、苦しい、それだけではいけません。
辛くて苦しい部分は確かにあります。
趣味の人なら、それは最低限で良いです。
プロになるなら、きちんと行う必要があります。
プロを目指そうとも、練習が苦しいだけではいけません。
音楽の喜びを失い、苦しさだけが残ります。
そんな方の演奏は、聴いている人もつらくなります。
ピアノは大変難しいです。決してあせらない事です。
歴史に残った作品にきちんと向き合い、一流の演奏を聴いて下さい。
良い楽器に触れる機会があれば、お金を払ってでも弾いて下さい。
特に子供には、一流のものにどんどん触れさせて下さい。
それが、その人の感性、耳を育て、それが求める基準になります。
一番大切な事です。
一流の物を常にイメージし、練習がそこから乖離しない様に。
苦しい練習の目的を常に意識し、無意味な反復や苦行はいけません。
練習で潰れてはいけません。練習で潰れた人は多いのです。
そして趣味で続けようという方へ
最低限にしますが、少しは楽しくない練習も必要です。
モーツァルトを弾きたければ、スケール練習も必要です。
楽しくできる様に努力します。
(さざめくトレモロ、中身ぎっしり3度、以下続々思案中)
でも、特に大人の方、「私そういうのいや!」と毛嫌いしないで下さい。
ほんの少しでいいです。一度はやってみて下さい。
何の為に必要なのか、どんどん質問して下さい。
無理ないペースで、できるだけ楽しくコツコツ継続して下さい。
心にいつも、本当の素晴らしい音楽を!(*^_^*)
難易度の高い曲に挑戦したい!という気持ちはよく解ります。
大好きな曲なら尚更、応援したいです。
少しの背伸びも良い経験になります。
只ピアノという楽器は、大きな落とし穴があります。
背伸びはいいです。無茶は絶対にいけません。
ピアノ演奏には、歌や管楽器、弦楽器に比べ、非音楽的思考が必要です。
音楽と離れた冷静さが他の楽器に比べ多く必要なのです。
そしてその情報量が極端に多いです。
培ってきた指の筋力や全身のピアノ的運動神経、感性、音楽力・・・
地力からあまりに難し過ぎる曲を弾くのは、大変危険です。
積み上げてきた事を大きく損ねてしまいます。
例えば曲には相応しいテンポがあり、許容範囲があります。
正しい拍子で速度を上げる事は大変なストレスです。
打楽器でメロディを弾くピアノでも、出てしまった音に対する意識が必要です。
余韻や長い音の保持、音楽的に聴き手が共感する演奏には、そこまでの配慮が必要です。
実際は、出してしまった音に対しては何も出来ません。
でもその意識がないと音楽の流れから分離し、息が詰まる様な演奏になります。
でも、今弾いている音も多く、次に弾くべき音もとにかく多い。
複雑さや速度に追われると、出してしまった音にまで神経は回せません。
そんな事まで気にしてたら速く弾けないっ!
音楽と技術は別のものではありません。
曲と一体化した呼吸、心の持ち方から離れると、大変弾きにくいです。
メトロノーム速度を上げる練習は、大変危険なのです。
音楽と身体がどんどん分離し、息の詰まる様な演奏になります。
脳は悲鳴を上げ、感覚も鈍り、故障の危険も増えます。
本番の日までに、ある程度のテンポで弾けないかも知れない!
追い詰められ、必死に練習するのは大変つらいです。
その時に地力の許容量を超えると、培ってきた音楽を大きく損ねます。
正しい拍子感、美しく歌う事、美しい音を求める事・・・等々
「ある程度のレベルの曲を必要な速さと正確さで弾ける!」
コンクール等では必須です。
審査は好みでなく公平性が必要だからです。
「上手だけど息が詰まるね~」
という演奏は、圧倒的にピアノに多いです。
けれどピアノ奏者の音楽理解力は大変高く、決して非音楽的ではないのです。
非音楽的演奏者や、その指導者を声高に批判する人達も多いです。
けれど声高に批判する人達
追い詰められて極限まで練習した経験がない人が多いです。
技術的な壁にぶつかり、もがくほど、非音楽的になってしまう危険があります。
損なったものを取り戻す事は大変困難です。
無茶は大変危険です。ご自身の音楽を大事にして下さい。
選曲は先生にきちんと相談なさって下さいね。
努力が、素敵な音楽として実を結びますように。(*^_^*)
大好きな曲なら尚更、応援したいです。
少しの背伸びも良い経験になります。
只ピアノという楽器は、大きな落とし穴があります。
背伸びはいいです。無茶は絶対にいけません。
ピアノ演奏には、歌や管楽器、弦楽器に比べ、非音楽的思考が必要です。
音楽と離れた冷静さが他の楽器に比べ多く必要なのです。
そしてその情報量が極端に多いです。
培ってきた指の筋力や全身のピアノ的運動神経、感性、音楽力・・・
地力からあまりに難し過ぎる曲を弾くのは、大変危険です。
積み上げてきた事を大きく損ねてしまいます。
例えば曲には相応しいテンポがあり、許容範囲があります。
正しい拍子で速度を上げる事は大変なストレスです。
打楽器でメロディを弾くピアノでも、出てしまった音に対する意識が必要です。
余韻や長い音の保持、音楽的に聴き手が共感する演奏には、そこまでの配慮が必要です。
実際は、出してしまった音に対しては何も出来ません。
でもその意識がないと音楽の流れから分離し、息が詰まる様な演奏になります。
でも、今弾いている音も多く、次に弾くべき音もとにかく多い。
複雑さや速度に追われると、出してしまった音にまで神経は回せません。
そんな事まで気にしてたら速く弾けないっ!
音楽と技術は別のものではありません。
曲と一体化した呼吸、心の持ち方から離れると、大変弾きにくいです。
メトロノーム速度を上げる練習は、大変危険なのです。
音楽と身体がどんどん分離し、息の詰まる様な演奏になります。
脳は悲鳴を上げ、感覚も鈍り、故障の危険も増えます。
本番の日までに、ある程度のテンポで弾けないかも知れない!
追い詰められ、必死に練習するのは大変つらいです。
その時に地力の許容量を超えると、培ってきた音楽を大きく損ねます。
正しい拍子感、美しく歌う事、美しい音を求める事・・・等々
「ある程度のレベルの曲を必要な速さと正確さで弾ける!」
コンクール等では必須です。
審査は好みでなく公平性が必要だからです。
「上手だけど息が詰まるね~」
という演奏は、圧倒的にピアノに多いです。
けれどピアノ奏者の音楽理解力は大変高く、決して非音楽的ではないのです。
非音楽的演奏者や、その指導者を声高に批判する人達も多いです。
けれど声高に批判する人達
追い詰められて極限まで練習した経験がない人が多いです。
技術的な壁にぶつかり、もがくほど、非音楽的になってしまう危険があります。
損なったものを取り戻す事は大変困難です。
無茶は大変危険です。ご自身の音楽を大事にして下さい。
選曲は先生にきちんと相談なさって下さいね。
努力が、素敵な音楽として実を結びますように。(*^_^*)