毎年恒例となっていますSBS学苑の宿泊研修は、今年は毛利氏および吉川氏関連の城館跡ということで、広島・山口に行ってきました。

まず向かったのが安芸高田市の吉田郡山城で、麓の安芸高田市歴史民俗博物館で予習をして登りました。あいにくの小雨で滑らないよう注意しながら、高齢の方もおられたので、本丸跡まで1時間ちょっとかけてゆっくり登りました。

そのあと、北広島町の吉川元春館に向かいました。ここでも、あらかじめ、「戦国の庭 歴史館」で発掘出土品などを見て、館を見学しました。中型バスだったので、万徳院跡歴史公園にも足をのばしましたが、復元された風呂屋で入浴体験ができることは知りませんでした。毎月第3日曜日に実施しているとのことでした。

2日目、広島城のあと、厳島(宮島)に渡り、宮ノ尾城に登りました。厳島の戦いの舞台となった城です。

3日目、岩国城はロープウェイで山頂まで行き、北の丸の空堀など、天守以外の見どころを案内しました。あと、麓の吉川史料館で特別展「吉川広家-岩国の礎を築いた男」をやっているのでコースに入れ、はじめて本物の吉川広家書状案を見ることができました。これは、関ケ原合戦2日後に書かれたもので、いつか本物を見たいと思っていたものです。

岩国では岩国国際観光ホテルに泊まり、露天風呂から岩国城天守を眺めることができました。その日、出された岩国市の酒井酒造株式会社の「五橋」は初めて呑みました。おいしかったです。

京都市在住で、日本城郭協会学生研究会時代からの城仲間の一人、橋本楯夫さんに、周山城を案内していただきました。場所は京都市右京区京北周山町で、比高が225mもある山城です。橋本さんから「蛭がいるから、蛭対策を」といわれていたのですが、何を用意していいやらわからず、無防備で行きましたら、足もとに蛭よけのスプレーをかけていただき、おかげ様で蛭に血を吸われずにすみました。当日は、地元の「周山城址を守る会」のメンバーも御一緒していただき、何より心強かったのは、周山城の縄張図を書かれているお二人、福島克彦さんと高橋成計さんも加わり、細部まで見てまわることができました。

また、麓の慈眼寺では、明智光秀の木像も拝見しました。黒く塗りつぶされた木像です。

地元の方との懇談の場で、京北周山町の羽田酒造有限会社の「羽田」を呑ませてもらいました。そのときは常温だったのですが、いただいて帰ったので、熱燗でも呑んでみたいと思います。

今川義元の命日にあたる5月19日、今回の「今川義元公生誕五百年祭」の核となるいくつかの行事が催されました。一つは、今川義元公合同法要です。静岡市の臨済寺では、毎年、この日に法要を行っていましたが、今年は義元の胴塚のある愛知県豊川市の大聖寺からも住職ほか数名を臨済寺にお招きし、合同法要という形となりました。その挨拶でも申し上げたのですが、「はじめて、首と胴がつながり、義元公もよろこんでいるのではないか」は私の実感です。

そのあと、午後には静岡市民文化会館で今川シンポジウムが開かれました。2000人が入る大ホールですので、正直、空席ばかりだったらどうしようと心配していたのですが、主催者発表で1750人、たしかに演壇からみても空席はほとんどありませんでした。遠くからも足を運んで下さったようで、ありがとうございました。私の基調講演「とっておきの今川義元」のあと、脚本家の森下佳子さんとの対談、そして、静岡市内の小学生の子どもたちによる歌の披露、演劇もあり、最後に「今川義元公大好き宣言」が採択されました。このあと、まだ義元左文字の復元や義元の銅像などの計画があり、気を抜けませんが、一つ肩の荷がおりた感じでほっとしています。ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。