NHKの大河ドラマ放送に合わせ、例年、NHK出版からドラマ関連書籍が出版されています。ゆかりの史跡などの情報を盛り込んだものを来年の「麒麟がくる」でも制作することになり、先日、編集者・カメラマンと同行取材してきました。

岐阜城・安土城・坂本城をご案内・解説し、周山城はお勧めしたところ撮影に行ったそうです。

先日、名古屋市緑区桶狭間で「桶狭間古戦場まつり」があり、その中の歴史講演会で「今川義元の事績と桶狭間-今川義元生誕500年にあたって-」と題し、ゆかりの長福寺本堂で講演をしてきました。

そのあと、長福寺のすぐ前の大池周辺でくりひろげられた万灯会を見ることができました。この万灯会は桶狭間の戦いにおける両軍の戦死者を弔うために毎年行っているもので、私は初めて参加させてもらいましたが、3500本のロウソクが点灯され、それが大池に映り、幻想的な雰囲気に圧倒されました。3500というのは、今川・織田両軍の戦死者の数と言われています。

しかも、そのロウソクの万灯が、地元の小学生たちの手作りだと知り、実際、大池のまわりには、子どもたちも多く見にきていました。子どもたちに桶狭間の戦いが、このような形で継承されていることをうれしく思いました。また、万灯会の最後には、地元の桶狭間太鼓の皆さんによる演奏があり、鎮魂の音色のようで、思わず目頭が熱くなりました。

ルイス・フロイスの『日本史』に、現在の長崎市域に所領をもっていた長崎純景と深堀純賢の戦いの様子が描かれ、それぞれの城の攻防戦がよくわかります。いつか現場を歩いてみたいと思っていましたが、先日、長崎市で講演がありましたので、時間を作って調査してきました。

長崎氏の居城桜馬場城は、シーボルトの鳴滝塾のすぐ近く、春徳寺の墓地の裏山一帯にありました。石壁がある程度で、遺構はほとんどありませんが、眼下に長崎市街を見おろせる要害の地だったことがわかります。

もう一方の深堀氏の館は現在、深堀陣屋址とよばれています。深堀氏が、江戸時代、鍋島氏の家臣となり、そこに鍋島藩の飛地があり、その陣屋となったからです。曲輪状の遺構と石垣が残っているだけでしたが、長崎港を扼するいい場所にあったことがわかります。本城の俵石城は山城なので、今回はパスしました。

いままで長崎では地酒を呑んだ記憶はなく、今回は諫早市の(株)杵の川の「杵(き)の川」を呑みました。