講演会終了後、交流会とか懇親会とか、名前はいろいろですが、お誘いを受け、出席することがあります。つい最近では、彦根で井伊直虎の話をしたあと、沼津では沼津周辺での戦国合戦の話をしたあと、そうした会に出ました。
それぞれの主催者が私のブログを読んで下さっていたみたいで、その土地の地酒を用意してくれていました。彦根では、滋賀県犬上郡多賀町の多賀株式会社の「多賀」、沼津では沼津市原の高嶋酒造株式会社の「白隠正宗」です。どちらもおいしくいただきました。「白隠正宗」の方はたまに呑むことがありますが、「多賀」の方は20年以上前に一度呑んだきりで、味の方も忘れていました。
この歳になっても、まだ一度も足を踏みこんだことのない場所はたくさんあります。今回の南相木村もその一つです。近くの海の口町や佐久市には何度か行っていますが、南相木村は通ったことも記憶にはありません。
その南相木村から「歴史講座を開くので、相木市兵衛の話をしてほしい」との要請がありました。武田信玄の家臣として相木市兵衛のことは多少調べてはいましたが、市兵衛だけで90分話せる材料はもっていなかったので、「関連する依田氏とからめてなら」ということで、演題は「戦国時代の南相木村とその周辺―真田・依田・相木氏をめぐって―」としました。依田信守・信蕃父子は、遠江二俣城主・駿河田中城主だったこともあったので、それなりに調べていました。
南相木村は自然豊かな村里で、渓谷沿いには赤と黄の紅葉が鮮やかで、目の保養をさせてもらいました。祝平・日向など、史料に出てくるところを車でまわってもらい、「この渓谷沿いを武田軍も通ったのかな」など想像をたくましくしました。

この日は日帰りだったので、佐久平駅で地酒をと思い、いつもは佐久市の「千曲錦」ですが、今回は別なものをさがそうと考え、同じ佐久市ですが戸塚酒造(株)の「寒竹」を買入しました。「創業承応2年(1653)」とラベルにあるのも気に入りました。地元の人には知られているのかもしれませんが、私としては新しい地酒を発見したという思いです。















岐阜県瑞浪市の井澤康樹さんが主催する美濃源氏フォーラムが、このほど創立25周年を迎え、そのシンポジウム「戦国山城石垣シンポジウム―小里城天守の石垣を解明―」が開催されました。私は「織田信長と武田信玄・勝頼親子」と題する講演をしましたが、話の中に出てくる鶴ヶ城には行ったことがなかったので、当日朝、雨の中を瑞浪市教育委員会の砂田晋司さんの案内で見てきました。
この城は『信長公記』には「高野」として出てきます。読み方は「こうの」で、地元では「神篦」の字をあてています。本丸は広く、また見晴らしもよく、信長・信忠父子が天正2年(1574)2月5日に見たと同じであろう景色を見ることができました。シンポジウムのテーマとなった小里城は以前行ったことがありましたので、今回は行きませんでした。
前泊し、その夜は若葉株式会社(瑞浪市土岐町)のその名もズバリ「美濃源氏」を呑みました。