この歳になっても、まだ一度も足を踏みこんだことのない場所はたくさんあります。今回の南相木村もその一つです。近くの海の口町や佐久市には何度か行っていますが、南相木村は通ったことも記憶にはありません。
その南相木村から「歴史講座を開くので、相木市兵衛の話をしてほしい」との要請がありました。武田信玄の家臣として相木市兵衛のことは多少調べてはいましたが、市兵衛だけで90分話せる材料はもっていなかったので、「関連する依田氏とからめてなら」ということで、演題は「戦国時代の南相木村とその周辺―真田・依田・相木氏をめぐって―」としました。依田信守・信蕃父子は、遠江二俣城主・駿河田中城主だったこともあったので、それなりに調べていました。
南相木村は自然豊かな村里で、渓谷沿いには赤と黄の紅葉が鮮やかで、目の保養をさせてもらいました。祝平・日向など、史料に出てくるところを車でまわってもらい、「この渓谷沿いを武田軍も通ったのかな」など想像をたくましくしました。
この日は日帰りだったので、佐久平駅で地酒をと思い、いつもは佐久市の「千曲錦」ですが、今回は別なものをさがそうと考え、同じ佐久市ですが戸塚酒造(株)の「寒竹」を買入しました。「創業承応2年(1653)」とラベルにあるのも気に入りました。地元の人には知られているのかもしれませんが、私としては新しい地酒を発見したという思いです。
め
その南相木村から「歴史講座を開くので、相木市兵衛の話をしてほしい」との要請がありました。武田信玄の家臣として相木市兵衛のことは多少調べてはいましたが、市兵衛だけで90分話せる材料はもっていなかったので、「関連する依田氏とからめてなら」ということで、演題は「戦国時代の南相木村とその周辺―真田・依田・相木氏をめぐって―」としました。依田信守・信蕃父子は、遠江二俣城主・駿河田中城主だったこともあったので、それなりに調べていました。
南相木村は自然豊かな村里で、渓谷沿いには赤と黄の紅葉が鮮やかで、目の保養をさせてもらいました。祝平・日向など、史料に出てくるところを車でまわってもらい、「この渓谷沿いを武田軍も通ったのかな」など想像をたくましくしました。
この日は日帰りだったので、佐久平駅で地酒をと思い、いつもは佐久市の「千曲錦」ですが、今回は別なものをさがそうと考え、同じ佐久市ですが戸塚酒造(株)の「寒竹」を買入しました。「創業承応2年(1653)」とラベルにあるのも気に入りました。地元の人には知られているのかもしれませんが、私としては新しい地酒を発見したという思いです。
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