英和出版社からEIWA MOOKが出ていて、その最新版が『あなたの知識はもう古い? 最新日本史教科書』で、ホームページでも紹介しています。その巻頭インタビューのタイトルが「新説が認められるには10年かかる」です。私の経験も含め、教科書が書き直されていくプロセスと、新説が通説とか定説といわれるようになる流れについて解説をしました。

同時期に出た『日経おとなのOFF』7月号の特集が「学び直し! 日本の歴史」で、これまでの通説とはちがう最新研究のいくつかが紹介されています。私はその中で「おとなの修学旅行 関ケ原の戦い前後の5名城を歩く」をやはりインタビュー形式で紹介しています。先日訪ねたばかりの月山富田城と松江城にもふれています。

SBS学苑恒例の研修旅行で今年は「山陰の城めぐり」と題して、島根・鳥取方面に行ってきました。実は、昨年行くつもりだったのですが、月山富田城の山城部分が整備中で山頂の本丸までは行くことができないということで、1年あとまわしになりました。

山中御殿から先の山城部分、樹木が取り払われ、築城当時の姿を見ることができ、また、途中から下の山中御殿や花之壇などの様子もわかり、今まで見ることのできなかった光景を目にすることができました。

泊まった富田山荘の露天風呂から三の丸・二の丸の塁段がきれいに見え感動的でした。その夜は、吉田酒造(株)の社長さんから「月山」の差し入れがあり、参加者一同、乾杯しました。

今回の旅行では、そのほか、2年前に国宝に指定された松江城の天守をゆっくり見てまわり、米子城・鳥取城をまわってきました。

今川義元は永正16年(1519)、今川氏親の5男として生まれました。2019年は義元生誕500年にあたります。義元といえば、どうしても桶狭間の戦いで圧倒的な軍事力を誇りながら織田信長に討たれたことで、武将としての力量に欠けていたという印象(イメージ)があります。

私は、学部の卒業論文で今川氏のことを取りあげて以来、今川氏親・義元、それに寿桂尼のことを研究してきましたが、この生誕500年を一つの節目に、今川氏の再評価をしたいと考えています。

去る5月19日が義元の命日でした。その日、菩提寺の臨済寺(静岡市)で、命日忌法要の後、臨済寺本堂で私が「今川義元公の再評価を静岡から」と題して講話をし、同寺の阿部宗徹老師の講話の後、田辺信宏市長・酒井公夫静岡商工会議所会頭により「今川復権宣言」がなされました。これから2年間、今川義元を表に出したいと思っています。