こだわりのつっこみ -20ページ目

こだわりのつっこみ

素人が音楽、小説、映画などを自己中心的に語ります。

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 「このぼくがですか。このぼくが明智小五郎だとおっしゃるのですか。」
 明智はすまして、いよいよへんなことをいうのです。
 「きまっておるじゃないか。何をばかなことを……。」
 「ハハハ……、ご老人、あなたこそ、どうかなすったんじゃありませんか。ここには明智なんて人間はいやしませんぜ。」
 老人はそれを聞くと、ポカンと口をあけて、キツネにでもつままれたような顔をしました。あまりのことにきゅうには口もきけないのです。
 「ご老人、あなたは以前に明智小五郎とお会いになったことがあるのですか。」
 「会ったことはない。じゃが、写真を見てよく知っておりますわい。」
 「写真?写真ではちと心ぼそいですねえ。その写真にぼくが似ているとでもおっしゃるのですか。」
 「…………。」
 「ご老人、あなたは、二十面相がどんな人物かということを、おわすれになっていたのですね。二十面相、ほら、あいつは変装の名人だったじゃありませんか。」
 「そ、それじゃ、き、きさまは……。」
(p150-151より)

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ぎゃー、貴様、怪人二十面相だったか!!

ってなわけで、今回は怪人二十面相

帯には「1億人のベストセラー」と書いてあり、その名に恥じるくらい多くの人は「怪人二十面相」や「明智小五郎」の名前を知っているし、映画化やテレビドラマ化されたりもしています。
しかし、その実、オリジナルの小説を読んだことがなく、今回初めて怪人二十面相と対決してみました。

もちろん、子供向け作品ということで、内容は大人がうなるような絶妙なトリックというのはありませんでしたが、しかしその読みやすい展開と、読者を煽る乱歩の筆は、大人でも十分楽しめます

それにしても作者は、こんな作品も書くことが出来るわ、エログロナンセンスも書くことは出来るわ、すごいなぁと感心しますかお


 では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。









怪人二十面相―少年探偵 (ポプラ文庫クラシック)/江戸川 乱歩
¥588








 
~1回目 2010.2.1~

 さてさて、この作品のダイジェストを書いてみます。

1.羽柴壮太郎宅で怪人二十面相は宝石を盗み出す。
   (その際、怪人二十面相は、羽柴壮太郎氏の息子、壮一に変装)

2.羽柴壮太郎宅で仏像を盗む。
   (しかし、明智小五郎の弟子、小林君が逆に仏像に変装していたために失敗、宝石も戻る)

3.日下部邸にて、文化財級の美術品を盗み出す。
   (その際、怪人二十面相は明智小五郎に変装)

4.明智小五郎が帰国、その直後に怪人二十面相と直接対決①
   (その前に怪人二十面相は国立博物館の美術品を盗むことを予告しており、明智が疎ましかった)
   (しかし、この勝負は引き分け)

5.怪人二十面相一味が明智小五郎を拉致、弟子の小林君は少年探偵団を結成し、明智の行方を追う。

6.国立博物館の美術品をそっくり盗む。
   (その際、前日に模造品と置き換え、さらに怪人二十面相は北大路館長に変装)

7.明智の登場、事件全ての真相が発覚 = 怪人二十面相との直接対決②
   (明智の計略で、拉致は明智が怪人のアジトに潜入するために仕組んだものだった)

8.逃げようとした怪人二十面相を、待ち構えていた少年探偵団が捕らえ、大団円音譜


てな具合です。

全編に渡って怪人二十面相は変装しっぱなしで、物語が進むにつれ登場人物全員を、
「こいつ、もしかして怪人二十面相なんじゃないかはてなマーク
と疑ってしまうという、かなりの疑心暗鬼状態に陥ります

まさに乱歩の狙い通りといった感じですねぇショック!

しかしこの怪人二十面相、人を殺すことはしない、という稀代の犯罪者にしては、プライドにより一定の制約を自身に課しており、物語としては、この制約をつけることで、二十面相を負かすのは、知識や話術、計略によることになります
そこが非常に面白いアップ
その部分に制約がなかったら、おそらく明智も小林君も殺されているに違いありません。

怪人二十面相は、美術品を盗むことを専門にしていて、単なる窃盗魔や愉快犯ではないというところも面白いです。

それに、作者がことあるごとに

「読者諸君」、
語りかけてくれます。
これ、現代の作品にはあまりみられないものなので、レトロな感じを味わえると共に、自分も子どもに戻ったように、その展開にハラハラドキドキしてしまうのです。

この怪人二十面相は、シリーズものになっていくのですが、数時間で読めるし、明智・少年探偵団 VS 怪人二十面相 がまだまだ見たいので、なにか読むのに疲れてしまったら、続きを読んでみたいと思います。

ただ、もう内容が分かってしまい、作品の深みはそこでないので(子供向けだから仕方ありませんが)、読み返すかどうかは分かりませんねぇ汗


総合評価:★★
読みやすさ:★★★★★
キャラ:★★★☆
読み返したい度:
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 生き続けることは苦しく、何度も死にそうな目にあいながらも、窮地から抜け出すたびファヤウはボグドと彼が手に入れた赤い鹿の精霊に感謝することを忘れなかった。遠く離れていても、守られているとはっきり実感できる。彼女はまだ知らない・・・・・・。遥か未来の再会を手助けするのは、この赤い鹿の精霊であり、ウォリバが天から与えられた音に対する鋭敏な感性であることを。その日がいつ到来するかわからなくとも、ファヤウはボグドを待ち続ける覚悟だった。巨大な意志が海をも動かし、波立たせ、そびえる津波となって東へ東へと迫ってくる、その気配。
(p62より)


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今回はSF物をということで、『リング』や『らせん』シリーズで一躍ホラー作家としての地位を固められた鈴木光司さんのデビュー作を紹介します。

その名も楽園

これは自分が高校生の時に読んだことがあったのですが、もはやなんとなくしか覚えていなかったので、読み返すことにしました。


内容ですが、よくある「いつかまた会える」系

しかし、そこらの甘い恋愛物ではなく、冒険譚、地底湖脱出など、ファンタジーではなく、SF物として、かなり深い知識などもちりばめられており、それが輪廻転生が本当にあるかのような錯覚に陥るくらいに仕上がっていると思いますニコニコ

あらすじは、有史以前のモンゴル。芸術的才能があり、しかも族の長のボグドはファヤウという女を妻とし、厳しい砂漠の気候に耐えながら幸せな生活を送っていたのですが、ある日、ボグド部族が別の部族に襲われ、2人は別々に。
ファヤウを捕らえた族は、豊穣の地を求めてべーリング海峡を渡り、アメリカ大陸へ渡ろうというのです。
その際、ボグドはファヤウに赤い鹿が刻まれた石を渡します。それが2人の唯一の繋がり。
ボグドもべーリング海峡を渡ろうとするも不可能、それならということで南洋の島々を辿って、ファヤウのいるであろう東へと船出していくのです。
いつかまたきっと出会える。2人の強い気持ちは赤い鹿によって幾多の困難を越え、さらに時間を越えて繋がっていく、という物語です。


では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。









楽園 (新潮文庫)/鈴木 光司

¥540









~2回目 2010.1.28~

実はこの作品、高校生の時に読んだことはありました。
その時は、ボグドとファヤウの子孫が再会してほしい一心で数々のSF的な描写を無視していましたが、今回、結末がなんとなく分かっているので、
今読み返してみると、なんとなく冷静な気持ちで読むことが出来ました。

まず、この作品の素晴らしいところですが、

(1)「2章」があるところ

物語としては、太古の時代に離れ離れになった2人が、子孫を通じて現代に再会する。
というものですが、それぞれ1章と3章に対応しています(この本は3章立て)。
では2章は?
ということになりますが、この2章によってこの物語を「単なる」ファンタジー物語ではなくしているのです。

というのも、

ファヤウ(女) モンゴル → ベーリング海峡を渡ってアメリカへ行く。
ボグド(男)  モンゴル → 南洋諸島を渡ってアメリカを目指す。

ということで1章は終わります。

そして3章は、

ファヤウの子孫、レスリー(男) → アメリカにいる。
ボグドの子孫、フローラ(女) → アメリカにいる。

というところから始まります。

「えっ。ボグドは(もしくは彼の子孫は)、いつアメリカに来たの?」
という当然の疑問、それを2章で細かく説明してくれているのです。

丁寧です。非常に。
しかも、この2章のタイトルは、小説のタイトルともなっている「楽園」。
この章は海洋冒険譚とも言うべきかなりスリリングな内容で、さらにタイラーという男に惚れてしまうこと間違いなしビックリマークです。
最初は、何考えてるかわからない奴なんですが、彼の死に様、まさに戦士。
飄々としていながら情に厚く、しかも過去を背負っている暗い部分も持ち合わせる。確かにジョーンズが崇拝する気持ちは十分に分かります。

ということで、この2章によって

ボグドの子孫(女)ライアは南洋の小島にいて、漂着したアメリカ捕鯨船の乗組員ジョーンズ(男)と結ばれるも、海賊どもによってライアやジョーンズ、島の住人たちは島を追われ、ジョーンズの故郷アメリカへと渡る

ということになるのです。


(2)各章のつながりを魅せる。

もちろん、「赤い鹿」というのは全編で登場するキーとなるものなのですが、それ以外にも、ちょくちょくつながりを見せることによって、魅力的になっています。

例えば3章「砂漠」において、作曲家となっていたファヤウの子孫、レスリーが作曲した交響曲「ベリンジア」。その曲の流れが、
混沌 → 統一への予感 → 統一、完成
となっていて、まさにこの小説全体の流れを暗示させるものになっているのです。

さらに、津波の存在。地球の陣痛、胎動として描かれているこの自然現象ですが、これによって、ボグド、ファヤウ両子孫は助かることになるのです。
2章においては、津波の盛り上がった水量を利用して筏を出帆させることに成功、アメリカに向かうことが出来ます。
3章においては、津波の勢いと、水量を利用することで、地底湖に閉じ込められてしまったレスリーが地上へと脱出することが出来たのです。


(3)再会したボグド・ファヤウの子孫が一言も言葉を交わさない

電話では会話をしたことがありましたが、実際に目と目を見つめあった再会の瞬間から、2人はお互い口を聞いていません。
ただ、お互いのこれまでの非常な運命と、これからの幸福になるだろう運命をかみ締めているのです。
でもそれだけで十分、「会いたかったよ」なんて言われるとなんか軽い気がしますもんね。


しかし、そうは言っても自分としては納得できない部分シラー

(1)ボグドとファヤウの描写が薄い。
もちろん、惹かれあった2人ですが、なんというか、何千年もの時を越えるまでの愛情を持っていたのかどうかが伝わりませんでした。
それならむしろ、2章のライアとジョーンズの方が詳細に述べられている分、愛情の強さが分かったのですが。
つまり、導入として若干弱いのではないか?と思うのです。
そうすると、次の納得できない部分にもつながっていきます。

(2)3章でレスリーとフローラがなぜあんなにも惹かれあうのか?
レスリーはファヤウの子孫、フローラはボグドの子孫です。
しかしボグドの子孫はフローラの何代か前にすでにアメリカに来ています。
なぜ、その子孫たちは出会わなかったのか。逆に、レスリーとフローラに急にそんなに惹かれさせる理由はなんなのか?よく分かりません。
つまり、ここで見え隠れするご都合主義がなんとなく、違和感を覚えるのです。
例えば、もう1章加わって、アメリカに到着したんだけれども、子孫らは出会うようで出会わないようで、出会ってもまた引き離される、的なことが起こったらもっとすんなり入れたのになぁ、と感じました。

フローラは生まれてからこのかた、人を愛するということに関してなんとなく違和感がありました。
レスリーも遊び人として有名で、暗に本当の愛を求めていたのかもしれません。
やはり、フローラはレスリーと、レスリーはフローラと出会わなければならない、という暗喩でしょうか。

しかし、それなら、ライアとジョーンズは!?
ジョーンズは赤い鹿とは関係なかったはず。ファヤウの子孫ではなかったはず。
なのにあんなに惹かれあって運命を共にできたのか、よく分からなくなってしまいます。

やはり3章だけで、急速に急激にレスリーとフローラをくっつけさせようとしたことに無理があったんじゃないかなぁ
ショック!




総合評価:★★
読みやすさ:★★★
キャラ:★★★★
読み返したい度:★★
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 もし、K村を通ったら、そば粉を買ってきてくれるように杏は頼んだ。それから洗い物の続きをしていると、迅人の車が出ていく音が聞えた。
 杏は、水を止め、椅子に座って、足下の子犬を眺めた。いい名前を考えなくては。迅人も考えているだろうから、今夜には、ぴったりの名前が決まるだろう。
 いろんなことが決まっていく。
 迅人が決めたわけでも、自分が決めたわけでもない。あたしたちは、いつでも二人で決定してきたのだ、と思う。
 杏は、迅人が椿に会いに行ったことを知っていた。
(p32-33より)


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小説を選ぶ際(往々にしてBOOK OFFが多いのですが・・・)、背表紙のあらすじを読んで面白そう、と思ったものを買う。これは定石なのですが、今回の井上荒野さんの作品、だりや荘を選んだのは、

古本なのにキレイだったから

という不純も不純なきっかけだったのですが、

が、当たりくじを引かせていただいたようですチョキ

恋愛としては重い、秘密の恋愛を(しかも相手は妻の姉!)テーマにしており、なんだかこのジャンルはモヤモヤしてしまって読むのが辛く、そのまま放置することも多いのですが、この本はまるでマジックにかかったかのように、スラスラと読めてしまいました。

ひとえに、作者の巧さが引き立っているからでしょう。

そのキャラの立ちや、筆致が淡々としているのに、足りないわけでなく的確で本質的。
ドロドロとしていてもいいのに、表面的には昼ドラのように愛憎劇というわけではなく、しかし内部ではドロドロしている感じがひしひしと伝わってくる、すごい作品だなぁと思いました。確かに個人的には「う~ん」と思う部分もあるのですが、それはさておき。
ちょっとこの作者の別の作品を読んでみたくなります。

あらすじは、

だりや荘というペンションを経営していた両親が事故死したことにより、東京での生活を終え、だりや荘を継ぐことにしたと、夫の迅人
だりや荘には両親の他に杏の姉、椿も住んでいたのですが、精神的にもろい部分があり、彼女一人ではペンション経営をすることはできなかったのです。
そんなこんなでだりや荘には迅人、杏夫婦がやってきて、椿との3人の生活が始まります。
しかし、迅人と椿の間には杏には言えないことが。2人は体の関係を持っており、しかもそれはかなり早い段階、杏と結婚して間もないうちから、始まっていたのです。

そのことを杏は感づいています。しかもかなりの確信を持って。

そして、椿には新渡戸さんという男性も東京にいて(しかし、純然たる恋愛関係とはなかなか呼べないような不思議な仲なのですが…)、そんな中でだりや荘での新たな生活始まっていきます。
さらに、バイトとして族あがりの好青年、が現れることで、より事態は複雑化し、次第に歪んでいく、

というなかなか濃い内容です。


では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。








だりや荘 (文春文庫)/井上 荒野
¥570










~1回目 2010.1.18~

まずは、登場人物が、先に挙げた5人を軸に回っており、あとは極力添え物的な扱いなので、その分各人の関係性や心理描写が明確になっていることが、この小説を面白くさせていると思います。
特に私は、椿の心情について注意深く読んでみました

まずは迅人。精悍な男なのですが、同じ男としてなかなか嫌な奴です。
妙に自分に自信があり、避暑地のペンションがある町に暮らしているというのはそれだけ細心の注意を払うべきなのですが、
椿との関係も割と大胆で、読んでいるこっちの方がハラハラします。
しかし、結果的には、やはり閉鎖された空間に住んでいるために、町の人は気づくのですが・・・
そして気付かれたときのビビリ具合はなんだか情けないガーン
杏ともケンカ腰になるし、マッサージ師として仕事も上の空になっちゃうし、椿にも関係を終わらせようとしていることが伝わっちゃって大事になるし。
その身勝手とも言える自信が椿を傷つけ、縛り付けていると思うのですが


椿は、まさに陰と陽。
綺麗で清楚であるが、精神的にもろい姉、椿。
ルックスは姉には劣るものの、その明るさで周囲を幸せにする妹、杏。
2人は仲がよく、「美人姉妹」との評判ですが、迅人はこの2人を愛しているのです。同じように椿も杏も迅人を愛している。
少なくとも浮気とか不倫とかではなく、迅人の中では平等に愛し、どちらが欠けてもいけないという様子です。
それについて杏も気づいているのですが、嘘をついて知らぬフリをします。

椿は、杏に対して、そして新渡戸さんに対して罪を感じ、迅人と離れなければいけないと分かっていながらも離れることができない自分を責め続けます。
ゆえにさらに精神が冒される。
精神が冒されると、また迅人に逃げる。
この悪循環でもって椿は次第に崩壊していくようです。


次に君。
このゾクあがりの好青年は、だりや荘での生活を通じて杏に惹かれ、恋をします。
杏はそれを試しているのか、椿と不倫をしている迅人の2人に対するあてつけか、それとも若干の本気心があったのかは分かりませんが、その翼の気持ちに気づき、そして彼と1度の体の関係を持つのです。
それを杏は椿に臆面もなく告白します。

言えぬ椿と、言える杏。椿はそのことにさらに罪悪感を感じたことでしょう。

翼君がだりや荘を辞めるということになったとき、椿はこう思うのです。

「翼はきっと私と迅人とのことに気づいたのだ。そうして、杏がそれを知っていることも。それなのに杏が迅人を愛することをやめないことに、絶望したのではないか」(p222)

そして、椿は杏に「ごめんなさい」と言ってしまいます。杏は「あやまらないで」と答えます。

ここは、杏が椿と迅人との関係に気づいていたことを、椿に確信的に分からせることになる、重要な部分だと思います。かといって、杏は椿を責めたりしない。それがなおさら椿を自傷させる結果となると思うのですが。。しょぼん


もう一人、重要な人物、新渡戸さん
椿とはお見合いで知り合ったのですが、純粋な恋愛関係というよりも、似た者同士で繋がりあっている、といった方が正しいかもしれません。
椿が迅人と関係を持っていたのと同様、新渡戸さんも義母と関係を持っていたのです。
そして新渡戸さんは義母と心中します。

新渡戸さんはその関係を悩んで死んでいった。しかし、椿は死ねず、杏を裏切りながら迅人を必要としている。
ここで、さらに椿は悩むことになると思うのです。



そして、椿と迅人の関係が、他人の噂となったとき、迅人は急に杏に捨てられることを考え始め、椿との関係を終わらせようとする雰囲気を感じさせます。
椿もそのことに気づいていて、杏を裏切りながら、頼りの綱だった新渡戸さんも死んでしまった。そして、さらに迅人も自分のもとを去ろうとしている。
自分と重なる杏の翼との行動や、自分と似たような新渡戸の義母との関係。彼女らは、椿に対して一定の答えを出している(告白、または自殺)のに、椿は何も出来ない。

椿には、彼女の前にはもはや絶望、暗い闇しか残っていなかったのでしょう。
彼女はレイプ(あくまでも同意だったと、相手の若者たちは主張していましたが、確かにあの時の椿の精神状態からすると、そうだったかもしれません)され、病院に搬送されます。
ここで、彼女は妊娠4ヶ月だったことが分かります。

小説では、椿がその妊娠を知るところまでは触れられてはいませんが、知ったことでさらにどんな苦しみを抱くだろうか、それを想像すると恐ろしくなります
それが、誰の子であろうと(迅人との子か新渡戸さんとの子か分からなくても)、椿は迅人との子だろうと思い込む可能性は高く、不妊症の杏に対して、より自責の念を抱くのではなかろうか?と思うからです。

杏はそれすらも嘘をついて、知らないフリをするのでしょうか?

何も言わないことが、嘘をついて知らないフリをすることが、ここまで人を追い込むのでしょうか・・・

時として、愛を守るために嘘をつくことは、憎むことよりも残酷だと思うのです



さて、この小説の「なんだかなぁ」と思う部分ですが、
その関係が性行為一色なこと
迅人は椿や杏を愛しているといっても、性行為しか介在していないので、なんだか陳腐な感じがしてしまうのです。
愛があるなら、逆に性行為しか行わない関係っておかしいんじゃないかなぁと思うのです。

むしろ、義母との関係から関係を持つことに躊躇していたかもしれませんが、新渡戸さんと椿の関係の方が、より愛を感じます。


しかし、淡々と物語が進みながらも(特に椿の)精神的な内面はしっかりと書かれてあり、人間の脆さや恐ろしさを感じることが出来ました。





  
総合評価:★★★★
読みやすさ:★★★★
キャラ:★★★★
読み返したい度:★★★★
 
Atomic Heart/Mr.Children
¥3,059

 概要:1994年に発表された、Mr.Childrenの4thアルバム。300万枚以上を売り上げている、Mr.Childrenにとって最多の売上を誇る(2010年現在)。このアルバムが発売された前後、1994年-1995年は、彼らの作るシングル・アルバムが全てミリオンセールを達成したことから、俗に「ミスチル現象」なる社会現象となっていく。本作はまさにその先駆け的な作品である。


総論: 
言わずもがなの、お化けアルバム。Mr.Childrenのアルバムの中でも傑作の一つとして後世に至るまで、語り継がれることだろうと思います。
曲はそれぞれがよく作られていて、それがシングルであろうとカップリングであろうとアルバム初出であろうと、まったく質の違いは感じられません
(12曲中、シングルは「Innocent World」と「Cross Road」しかありませんが、全曲がシングルとして有り得るクオリティなので全くすごいバンドです)

今のMr.Childrenはさほど興味がないのですが(あせる)、この頃は美メロが溢れ出して嬉しい悲鳴を上げていたんではなかろうか、くらいの印象を受けます。
アレンジも、ミスチル第5のメンバーとも評される、小林武史さんとMr.Childrenがうまく噛み合って、素晴らしい音作りがなされています。

アルバムの曲順は比較的曲調で

 ロック→ポップ→ダーク→ポップ

といったように分かりやすい内容であります。


抄説:★は5つが満点で☆は0.5点。さらに違う色のタイトルにクリックしていただくと偏狭な思い入れの記事に飛びます。
1.printing  
 カメラのシャッター音が重なる効果音です。
 評価しようがありませんが、次の曲にも効果音としてこのシャッター音が登場するので、意味のないトラックでもありません。


2.Dance Dance Dance  ★★ 
 このような渇いた音は、初期のMr.Childrenには珍しいと思うのですが、それだけ音楽の幅の広さを窺い知ることができます。
 それまでのシングルには見られない音なので、従来の音作りにはとらわれない、前進性が伺われます。

 歌詞は社会風刺やエロ描写も入りつつ、それでいてサビはポップで、オルガンやギターのワウなんか入ったりしてなかなかです。

最後のドラムとギター、好きですが、素晴らしく素敵な個人的に好きなメロディではないので、星は低めです。


3.ラヴ コネクション  ★★★★
 このアルバムがヒットしている最中に出された、これまたお化けシングル「Tomorrow never knows」のカップリングとして、後にシングルカットされた曲です。
 
 こちらもロックテイストではありますが、しっかり決め打ちされている、よいこのポップロックです。

 編成はバンドにブラスセクションが加わっています。冒頭のSEとの関連から、どこかのクラブで歌っている的な感じがします。

 ギターはサビやソロでこれまた全曲と同様、エフェクトとしてワウが使われており、確かにこの時期のミスチル(もしくは小林武史プロデュース作品)には多かったような気がします。

 歌詞もやはりちょいエロ描写。女性の声もコーラスとして入っているのでより、それが浮き彫りになります。


4.Innocent World  ★★★☆
 前記2つがロックテイストだったためか、3曲目でミスチル王道ポップの登場

 イントロだけでなんだか頬が緩みますニコニコ

 先に触れた、このアルバムに収録されている2つのシングルのうちの1曲なのですが、こちらは前作の勢いもあって、彼らにとってオリコン初登場1位、さらにはその年の日本レコード大賞を受賞するという、バンドとしてはある意味頂点を極めたといっても過言ではない作品です。

 ストリングスやシンセサイザー、アコースティックギターの音色が透明感を演出、サビでは鉄琴のような音色でさらにパワーアップ。

 ソロは珍しく、ギターではなくベース。とはいえはっちゃけるわけでもなく、きっちり弾いています。しかしこの部分、アコースティックギターとシンセサイザーと合わさりすごくいい音の空間を演出しているのです。

 最後のサビに入る前だけ3拍置くなんて憎いなぁ~ビックリマーク

 「その時は笑って」と歌う部分、ここがこの歌で一番好きな部分です。むしろここを聴くために聞いているくらい素敵です。

 最後はコードの違う前奏で締めるところも練られているなぁ得意げ


5.クラスメイト  ★★★★
 隠れた名曲発見ですアップ

 この時期、小林武史さんのプロデュース作品にはスチールドラム音とシンセフルート音が多用されているのですが、この歌の前奏もそう。

 柔らかいホーンセクションやオルガンもこの歌によく合います。

 歌詞は思わず再会したかつてのクラスメイト。その男女の秘密の恋を歌っています。
 しかし曲調は明るく桜井さんも思い詰めたような歌い方ではないのですが、途中のホーンのソリ(3:22~)から展開部していくにつれ、なんだかその歌声が切々としてくるように感じます。

 こちらも3曲目、「ラヴ コネクション」ど同様、シングル「everybody goes-秩序のない現代にドロップキック-」のカップリングとして収録されています。
 しかし、よく言えばカップリングになりうるクオリティの高さが証明されてもいるんですが、悪く言えば手抜きではないのかなぁと思ってしまいますが・・・


6.CROSS ROAD  ★★★★☆
 この名曲の嵐はなんなんでしょうはてなマーク

 こちらは、Mr.Childrenを世に広めた1曲です。エンジンがかかりにくかったものの、そのメロディが次第に認知されるや否や、ぐんぐんとセールスを伸ばし、彼らにとって初のミリオンセールに達したシングル曲であります。

 もちろん、メロディや歌詞は美しく、グッと来るものがあるのですが、私自身は、そのアレンジのものすごさに強烈に惹かれました
 これはここでは語りきれないので、「1曲詳説」の中で語りたいと思います。

 が、前奏を例に取ってみると、

 シンセフルートのハモりから始まり4分で刻むストリングス、それを支えるのびやかなベース(中川さん)で始まります。この規則正しい4分音符で刻まれるストリングスが、これから先、歩んでいくんだ、という歩調と重なる気がするのです。
 途中でエレキ(田原さん)が入り、サビ直前でドラム(鈴木さん)も本格的に登場し、歌(桜井さん)が始まる。この順に楽器・メンバーが増えていく、そして盛り上がったテンションで歌が始まるこの感じが好きです。
 この前奏からも凄く練られているのだなということを感じます。

 認知されるべくして認知された歌なんだなぁ目


7.ジェラシー  ★★★★
 こちらはMr.Childrenの新境地とも言えるような妖しい歌。チョーキングしたギター音や電子処理されているであろうドラムがそれを醸します。

 その怪しげな音で中学生だった当時の私は、この曲を飛ばしていたのですが、じっくり聴いてみるとサビがなかなかの美メロで、桜井さんの何かを求めるような叫びにも似た歌声がマッチしています。

 展開部で、それまで聴けなかったアコースティックギターのコードが鳴らされることで、「ハッ」という気にさせられます。歌詞は「なぜ人は愛なんていう愚かな幻想に溺れるのか」的な哲学じみたことを言ってるんですがね。

 全編にエキゾチックな雰囲気があり、次の曲との関連性も感じます。


8.Asia  ★★★★
 こちらも隠れた名曲だと思います。

 最初の「アジアンソウル~」の部分をサビととした場合、その後のAメロ・Bメロはミスチルのポップ性そのもので、サビは暗いですが、それを越えたところにあるものを聞き逃せません。

 珍しく、作曲は桜井さんではなく、ドラムの鈴木さん。ということで、若干ドラムの音量が大きく、そして若干ねちっこい音色です。 

ただ、歌は変化に富みますが、曲のアレンジが幾分単調なので、しばらく聴くと飽きるかも知れませんダウン


9.Rain   ☆
 こちらも1曲目と同様、効果音なので、評価は出来ません。
 雨の音です。


10. 雨のち晴れ  ★★★★
 ポップに戻ってきました。

なんだか鬱蒼とはしている状況だけれども、なんだか「なんとかなるさ」みたいな30代独身感が見事にアレンジでも出ています。

Aメロはコロコロしたギター、おどけたオルガンで、歌詞はお気楽極楽な感じ。
Bメロはなんとなく堅めのギターとオルガンで、歌詞は少し悩ましげな感じ。
サビはシンセサイザーの音と、ギターのワウで浮遊感で、歌詞はなんとなくな希望を歌い上げる。

アレンジと歌詞が見事にマッチしています。

中学生・高校生時にこれを聴いても実感湧かなかったんだけど、今聴くと、歌詞に共感します。
俺も年を取ったのだなぁ~と実感すると同時に寂しくなりますしょぼん


11.Round About~孤独の肖像~  ★★★★
 この曲の殊勲賞は、サックスとピアノでしょう!!

 個人的にはなぜかゲームのロックマンのBGMに聴こえてしまいます汗

都会の寂寥感とか、空虚感を感じる、この時期のMr.Childrenにあった感じです。前々作のアルバム「kind of love」の「All by myself」とか前作「versus」の「蜃気楼」とか。

ソロのサックスはなんとも言えぬ、どこの音楽とも言えぬ無国籍感がよく出ていると思います。

12.over  ★★★★★
 アルバムのみの収録なのに、Mr.Childrenファンにも絶大な人気を誇り、それ以外の人も「なんか聞いたことある」という反応が返ってくる可能性大の、お化けアルバムの最後を飾るお化け歌

 こういう、別れの歌詞なのに、曲調が明るい歌、弱いのです。
 それは、無理に明るく振る舞って、心で泣いてって感じに聞こえるからです。

 「The time is over」なんて言って絶望的なのに…
 
 ギターソロはメロディアスな旋律で、サビがなんとなく行進曲ぽく、戻らない彼女に対して気丈に前に進んで行こうという感じが曲でも感じることができるのです。



この記事はネタバレを含むので、嫌な方は見ないでください。














アップストーリーダウン

右京さんとたまきさんが映画鑑賞していた映画館で殺人事件が発生。

被害者は、上映されていた60年代映画の名作「海峡の虹」の映画監督だった織原晃一郎
自身の映画の上映中にナイフで刺されたのだった。

監督が死ぬことで、生前監督が拒んでいたDVD化が一気に進むだろうという理由で、配給会社の海老名が疑われるも、犯人は映画館の掃除婦だった。

この掃除婦、赤井のぶ子は、「海峡の虹」の出演者でもあった。そんな彼女の犯行理由、それは、監督が生前、自分の映画を見て死にたい、と言っていたから。

末期の癌に蝕まれていた監督の意を尊重し、実行した、監督と映画を愛した女性による悲しい犯罪だったのだった。

 

音譜感想と見所音譜

良作の回だと思います。映画スタッフの殺人といえば、これまた良作の「最期の灯」が思い出深いですが、こちらも引けをとりません。
監督はみんなに愛されていたということが分かり、さらに涙を誘います。
右京と薫が話を聞きに行った映画関係者は監督のことを良くは言わなかったのですが、しかし、殺人現場の映画館に花を手向け、一緒に仕事をしたかったと語る。
確かに偏屈ではあったんだけれども、その才能や映画に対する真摯な姿勢が、皆の心を打ったのだろうな

見所は・・・

映画鑑賞をデートではないと言い切る右京さんの変な頑固



内村の態度
犯人の一人として疑われた「海峡の虹」の主演女優島加代子の容疑が晴れた時のあの顔。
内村は島加代子のファンであり、やはり「海峡の虹」も好きだったようで。
そして普段は怒るに違いない特命の行動にいやに寛容。
極めつけは映画の台詞を口に出す始末。恐らくそれを知らない中園とのやり取りは笑えますにひひ

~映画の台詞~
 「見て、虹」
 「明日はきっと晴れる」

~内村と中園の会話~
内村 「虹が出てるなぁ」
中園 「は? あ・・・見当たりませんが」
内村 「明日は晴れだ」
中園 「・・・」



そして映画監督役の森山周一郎の演技
ダンディーな声はもちろん素敵ですが、古きよき映画人としてのプライドやその凋落っぷり。
さらに殺害を待ち望んでいたかのような安らかな笑顔。特にその殺されるときの笑顔!!
「映画の神様が自分を迎えに来てくれたんだなぁ」と感じていたのでしょうか、赤木を見る監督の顔は、天使を見ているようでもあります。
どれにつけても素晴らしいと思いました。


右京の粋な計らい
わざと遠回りし、回りくどいやり方で犯人を追い詰めていく。
もちろん、それが一種の快楽なのでは?と思えてしまうような右京の悪い癖ではあるのですが、今回は勝手が違ったようで。
今回に関しては、犯人が観念して自首をするように促すために、そのような回りくどい追い詰め方をしたのです。
自首扱いだと刑が軽くなる可能性が大きいですから。
憎しみや個人的な動機での殺人ではないと、右京さんが確信を持っていたからこその粋な計らいなのでしょう。

しかも、薫が観たいと言い出した「海峡の虹」を、赤木のぶ子にも見せるという粋。
しばらくは、この映画を観ることは出来ないでしょうから、逮捕される前に観てもらうことで、これからおこる様々なことを頑張ってほしいという右京なりのエールにも受け取れます。


殺人シーンと、映画のシーンのリンク。
それから、右京と薫の最後の歩みだすシーンと、映画のラストの島加代子の演じる主人公の歩みだすシーンのリンク。

今回は、そういった映画と現実のリンクが見られます。


ドキドキ大木と小松ドキドキ

角田課長が特命の部屋に入り、右京さんが、今回の犯行の疑問を薫と課長に説明している際に登場。
大木は最初違う人物と話していたのですが、なぜか小松が出てくると、いつものように2人で覗き
しかも、今回の大木、のそっと近づいてきます
しかし右京さんが「海峡の虹」のあらすじを話し始めると、なぜか、大木&小松コンビは解散…映画には興味がないのか?