楕円球空間 -137ページ目

金曜日、それは帰省の日

今週は特に忙しく、話題はいろいろあるものの更新が滞っています。ようやく山を越えた感じ。2日で書いた論文も無事投稿。こちらの研究も第二ステージに昇格。6月は落ち着いて物理の勉強ができそう。


と、少しだけほっとした金曜日。大学は大きなかばんを持った学生であふれています。なぜならみんな週末は家に帰省するから。割りに近くに実家のある学生も大学に入れば下宿し(だいたいは兵役か社会奉仕でかせいだお金を貯金して家賃にあてるとか?)、ほとんどの場合は同棲する(笑い)。親のサイドからすると「子供のときは犬と同じ厳しさで躾をし、ギムナジウムくらいになると放任する」というパターンらしい。ギムナジウムの学生はホント危険人物というかチャラいというか(笑い)。それが大学になると急に大人になるのも驚きます。日本の学生なんてまるで子供。まぁそれはともかく、同棲。親は何も干渉しないらしい。


じゃぁ親子が隔絶してるか、というとそうではないようで、週末になるとみんないそいそと帰省する。以前留学していたところでも、博士の学生くらいまではかなりの学生が帰省してた。というわけで金曜朝のバスはいつも以上に混む(荷物で)。そして15時ごろのバスも。適当な距離感で親子が付き合っていて、いいもんだなぁ、と思う金曜日。


本当にあった面白い話し

研究リーダーのG.C.氏の性格ゆえか温厚で面白い人の多いこのチーム。本当にあった話2題。


1.メンバーのB.S.氏がイスラエルの学会に行った。奥さんへのお土産でゴラン高原の高級ワイン(50ドルもしたらしい)を買って帰ってきた。直行便がないのでウィーン経由で近くの空港へ。しかし!!!ウィーン空港で搭乗するときに待ち構えていたもの、それは「液体検査」。そう、テルアビヴでは免税店だからよかったのだが、ウィーンではそうはいかない。さぁ困ったB氏。説得を試みるもあえなく撃沈。中身を捨てることに・・・。どうもその途中でリーダーのG氏に電話で相談したらしい。G氏は「中身だけ別の透明な瓶に入れ替えろ!」とか言ったそうだ(笑い)。ともかく諦めたB氏、仕方なく瓶だけ持って帰宅し事の次第を説明したとのこと。それを聞いたG氏、「大事なのは中身なんだけどなぁ・・・」。


2.G氏の出身はジェノヴァだ。海洋国家でルネサンス期にはヴェネツィアのライヴァル。まさかと思って「ジェノヴァ人はヴェネツィアが今でも嫌いなのか?」とたずねると、間髪いれずに「と~ぜん!!!!」。



イタリア紀行

5/26-28はドイツは3連休。研究のほうは理論も実験(日本の学生さんはせっせと実験中)もまずまず進展しているので思い切ってちゃんと3連休を取ってイタリアへ。行き先はフィレンツェ。


実は10年ぶりの再訪で、宿泊するホテルも同じ。Beacchi Tornabuoni。ここは宿帳があって「たしか10年前に書いたはずだよなぁ」と思いチェックすると、なんとまだ宿帳は保存されていて、10年前の自分と意外な対面・・・。感慨にふけりました。10年前は独身だったし学位もなかったしヒラの会社員だったし、まさに「夢だけはある」状態。10年たって当時の目標が達成できていることに感謝>周辺の皆様。宿は10年経っても快適でよいステイができました。場所もフェラガモ本店の向かいでどこに行くのも便利。重宝します。


その10年ぶりのフィレンツェ。観光シーズンのど真ん中でアメリカ人を筆頭に旅行者の山山山・・・。あと、なんだか埃っぽい・・・。ドイツから来たから余計にそう思うのか、はたまた10年ぶんの埃が溜まっているのか(笑い)。ドゥオモも10年分汚れた気がする・・・・。とはいえウフィッツィ美術館を筆頭に博物館・教会など見ごたえ・訪ねごたえのあるところばかり。これでもか!と芸術のシャワーを浴びました。スタンダールは初めて訪問したフィレンツェであまりの美術・工芸品のすばらしさに圧倒され恍惚状態となり体調を崩したそうですが、まぁそこまではいかないにせよかなりそんな感じ。


イタリアといえば外せないのが食事。今回の発見は


Wine Bar "Frescobardi"

"Il Latini"


の2軒。前者はあのフレスコバルディ家のワイナリー直営のレストランで、ここの春野菜のタリアテッレは絶品・・・。好物のカルチョーフィてんこもり、さらに当然ながらソーヴィニヨンの白ワインも美味!これで12+4.5ユーロなんだからすごい。後者はまさにとラットリアという店で開店前から大行列。客をさばいて席に案内する(というか割りふる)兄ちゃんの絶妙のトークにすっかりあちらのペースとなり、さらに相席で詰め込まれたテーブルでは隣のイタリア人のおじさん2人(仮にプロフェッソーレとドン・コルレオーネとする)とカタコトのイタリア語と英語でこれまた大盛り上がり。ファッロというスペルト小麦のサラダ(プロフェッソーレが親切に教えてくれた)のおいしさに驚嘆し、生ハム+メロンのメロンの濃厚さに痺れ、キャンティ呑み放題(2リットル瓶が机に鎮座していてみんなで回しのみ)を堪能し、滋味あふれるリッボリータとペンネに感動。さすがにセコンドは入らず「パス」。あ~、ビステッカは遠くに行ってしまった・・・。但しデザートではビスコッティ+ヴィン・サント、これをドン・コルレオーネと乾杯を繰り返しながら痛飲し、〆はデザートワインとして甘いプロセッコ。これで1人22.5ユーロ。信じられん。


プロフェッソーレは「車だから」と最初ワインを遠慮していたが、結局私のペースに巻き込まれプロセッコまで完飲(笑い)。帰り、お気をつけて。Vin Santoにひっかけて「Vin Santoで、Santiじゃないぞ!Santiは俺たちの名前だ!」というドンのオヤジギャグまで炸裂。どうも2人は兄弟らしいのだが、顔が似ていないので義兄弟か?ドンは白いんげんの煮込みにたっぷりとオリーブオイルをかけてモリモリと完食。2人はセコンドの肉もばっちり食べてデザートを楽しんでこれで2人で50ユーロ。ん?セコンドなしの自分と1人アタマ5ユーロしか違わないの・・・?まぁいいや。安いしおいしいから。ふと気づくと外には2回転目を待つ長蛇の列。翌日除いたときも長蛇の列。まぁ当然か。是非読者も訪問を!


月曜日にミュンヘンへ。大雨で飛行機が飛ばないかも、ということで仕方なく空港で待つことに。空腹に耐えかねて「まずくてもいい」と覚悟してバーでピザを頼むとたった2.6ユーロのピザが絶品。いや本当に。空港の食事なんてマズいと決まっているのに。調子に乗ってトスカーナワインを白・赤と1グラスづつ呑み、いい気分になっていると搭乗開始。あぁ飛ぶんだ、と。ミュンヘンに着くとそこは冬。気温10度。ということでお疲れ様でした。


水曜日までずっと冬の気候の中、思い切り気合を入れて2日で論文を書ききり共同研究者に回覧。さらに理論計算のハミルトニアンのミスを指摘されそれを修正。明日から対角化のコード計算を開始。さぁいよいよ本格化だ!


或る一日

昼食を研究グループのみんなととります。


メンザは皆の評判が悪く(重い!という意見多数。自分は結構おいしいしそれほどじゃないと思うのですが、ここはまぁ多数意見に身を任せる)、いつも化学科の1階にあるカフェテリアに行きます。だいたいモツァレラとトマトのサラダ、または小さいピザと炭酸水という感じで、これで2ユーロちょっとなのでまぁ悪くない感じ。


天気もよく湿度も少ないので、当然外で食べよう、ということになり庭へ。木陰に机と椅子がそこかしこに出て学生であふれかえっています。人によっては敷物を用意よく持ってきて芝生に敷いて寝転んだり車座になったりして食事をしてから延々とだべってます(ドイツ人ってホントに会話好きだ)。自分たちは机を確保し、雑談しながら食事。とそこへカフェテリアのある丘のふもとにある池から来たと思われる鴨が2羽、忽然を現れ、しきりに「パンくれぇ~。くれぇ~」と足元で鳴きだしました。面白いのでパンクズを投げてやってしばし相手をしてやります。


食事が終わって研究室にもどって続き。理論計算の準備は大分進んで、あとはスペインに行っているポスドクの人を帰りを待って具体的計算に入る、という感じ。もう1人の博士1年の学生さんは演劇の準備で疲労困憊している・・・(笑い)。最近顔を見ない。結構みんなノンビリやっているなぁ、という感じ。これでも成果がコンスタントに出るんだからスゴイよなぁ、と感心。空いた時間でホストのG.C.氏と一緒に出すjoint research Pj.の企画書を書く。



10年ひとむかし

朝からず~っと系のハミルトニアンと、それに接続された電極の自己エネルギーを含むグリーン関数の問題を考えていて飽和。おぼろげに理解した部分と、まだ中途半端にしか理解できない部分があって、まだまだだなぁ、と。


というわけで現実逃避してみる。


前回の滞在から約10年。場所はバーデン・ヴュルテンベルグとバイエルンの違いはあれど、進化の遅いドイツのこと。そんなに違いはないと思っていたのですが・・・・。


まず同じところ。

1.ドイツ人は静か。電車でもビアガーデンでも基本的にメンバーの中で聞こえる声で話す。時々爆笑したりもするが、静か。

2.でも話好き。とにかく話が長い(笑い)。

3.ドイツ人は質素。電車移動のときも基本的にサンドイッチや飲み物持参。車内販売を利用しない人が多い。

4.環境問題にとにかく熱心。分別の仕方は10年前よりさらに進化(というか細かく)なった。リサイクルも充実。ビン・缶・PETボトルなどすべてリサイクルできるしPfandといって少しお金が返ってくる。

5.店のサービスの悪さ(苦笑)。ステレオを買いに行って、近くの店員に話を聞こうと思うと「自分は接客担当じゃないので」「自分はパソコンの担当なので」と厳格なまでのタコツボ主義。売る気あるのか~!

6.でも人懐こい。一見怖そう。でも実はいい人ってのがまだ沢山いる。親切な人も相変わらず多い。要するに商売が間に挟まらないとOK.


変わったところ。

1.商店の営業時間が長くなった。平日は20時までが多い!ありえな~い!18時で終わりじゃなかったのか!

2.子供の躾が悪くなった。以前は「犬と子供はドイツ人に躾させろ」というくらい厳しく教育していたのに、今回ではレストランで子供が走り回るのを注意しない親を散見。店も困ってるよ。なんだか日本みたいで幻滅・・・。


じわじわと「ぐろーばりぜーしょん」という妖怪が侵略しているようでちょっといやだなぁ。


週末・ウィーン往復

週末はウィーンへ往復。電車で4時間ですが、数字ほど遠いとは感じられないのが不思議。新幹線で東京-岡山くらいですが、以前岡山まで行ったときに新神戸を過ぎたあたりで既に発狂しそうになったにもかかわらず、今回はラク。なんでなんだろう。


ウィーンではWandlというホテルに宿泊。星3つですが、きれいに整えられた内装と高い天井がすばらしく、なかなかの居心地のよさで非常に気に入りました。場所もStephans Domのすぐ近くで、しかも静かとあって今後もリピーターになることはほぼ確実。


週末はともに天気がよく、バラが咲きみだれるVolksgartenや緑の美しいHeilgenstadtなどを散策し存分に休養。夜はDomingoのウィーンデビュー40周年の記念公演を聴きにStaatsoperへ。さすがに祝祭ムードに溢れかえっていて、これでもか!と着飾ったご婦人がそこかしこにいました。演奏のほうは前半がワルキューレの1幕、後半がオテロの4幕。後半が始まるまえに30分ほどORFのアーカイヴからドミンゴの過去の記録を抜粋したフィルム上映がありました。1967年にデビューしたときはドン・カルロの端役だったようですが、その後はいい役ばっか(笑い)。中でもすばらしかったのは、やはり「オテロ」(2幕の最後が放映)、「道化師」(最後の部分。ものすごい迫力)、「カルメン」(これも終幕。クライバーの指揮)。ホーレンダー総裁の挨拶によると(私のつたないドイツ語の理解力の限りでは)、できればクライバーにこの40周年記念公演を振ってほしかった、とか。ほかにも午後にVolksoperでジャンニ・スキッキを歌い、そのまま市電の特別電車でStaatsoperに来てカバレリア(道化師だったかも)を歌ったことがある、とか面白い逸話の紹介もありました。


肝心の公演のほうは、さすがにワルキューレは長い上に大変なため、ところどころセーブしながら、という感じ。一緒に出るRydlとVoigtが強烈なのでちょっと大変そうでした。流石に衰えたな、という部分もあった。しかしオテロは至高!表現力がずば抜けていてもっともオテロらしいオテロじゃないでしょうか。涙なしには見られない、という感じ。指揮のガッティも非常に自分の好みで、歌心あふれる演奏をさせていました。


終演後はオーストリア首相から勲章をもらってドミンゴも挨拶。挨拶を聞いているとドミンゴってまじめでいい人なんだなぁ、と人柄が伝わってくるような素朴ないいスピーチでした。


日曜には帰宅し休養。昨日から新しいモデル計算を始めて今に至る、というところ。


Himmelfahrt

5月17日はドイツは休日です。Himmelfahrtと言って、復活したキリストが昇天し天国に帰る日。別名Vatertagといいます。父の日ではない(笑い)。


この日はドイツ人は散歩やハイキング、サイクリングに行く日、という理解がなされていて(たぶん「キリストの昇天」⇒「遠くに行く」⇒「近場への小旅行」と変遷したのであろう)、朝から駅やバス亭ではリュックを背負った人や自転車で乗り込んでくる人がいっぱいでした。


ということで私も車を借りてHimmelfahrt。行き先はちゃんと決めていませんでしたが、とりあえずStarnberg湖に。生憎の雨模様でしたが新緑が映えて美しい森をドライブするのは楽しいものです。Starnberg湖までは2時間くらい。着いて湖畔の食堂で軽く食事をとって(この魚のスープはなかなかおいしかった)、散歩。行き先はエリーザベト王妃が好きだったというRoseninselという島です。島には一面にバラが植えられていることからこの名前だとか。面白かったのは島への艀で、陸側の桟橋に鐘がついていて、それをカ~ンカ~ンと鳴らすと島から艀が出てくる、という仕組み。最初控えめに鳴らしたら近くを散歩しているおじいさんに「もっと大きな音で鳴らさないとだめだよ~」と言われ、再度乱打(笑い)。無事に渡航できました。


バラには少し早かったですが、1周しても5分もかからない小さな島は居心地抜群。ここに住んでみたいぞ~、と熱望。


このあと、寒くなったので車にもどって「バイエルンで一番うつくしい村」にも選ばれたBernriedやルードヴィヒII世終焉の地であるBergに行き、夕方に帰宅。BergではSchlosshotel Bergという湖畔の美しいホテルでおいしいケーキをいただきました。このホテルはなかなか設備がよく、今度一度泊まってみたいと思った次第。ドイツはどこに行ってもきれいなものに出会えて(おいしいものにも)いいところだ。


住んでいる街のこと

雨はやみ、気温は低めながら爽やかな青空です。


今住んでいる街はドナウ河沿いの静かな街です。人口は20万弱(とはいえ周辺を全部入れて、の話)くらいだそうで、多すぎず少なすぎず、というところ。街はローマ時代からあるそうで、戦争でも空襲をうけなかったので街は中世そのままです。今住んでいる家も14世紀に建てられた貴族の家だそうで、それを保存の意味で大学が買い取り、改修してゲストハウスにしている、ということのようです。


住んでみて、たしかに街中なので前回のStuttgartのときのような田舎暮らしは堪能できないもの、街全体が静かなので非常に住みよいです。問題といえば歩いていけるスーパーが1件しかないことくらいか?でも専門店でいいものが周囲に沢山あるので不便はありません。街の治安もいいです。なんでもこの周囲の所得水準はミュンヘンよりもさらに20%高いそうで、みんな非常に裕福らしいです。学生もリッチで、ホストのG.C.氏に言わせると「教官よりもいい車に乗っている」。たしかにポルシェやらBMWがガンガン止まっていますね。教授駐車場の車はオンボロが多いのに(笑い)。


大学にはバスで15分くらい。街はずれの丘の上がぜんぶ大学だそうです。確かに広い!緑も多く、散歩のコースまである。居室の前も広い野原のような庭があり、その向こうに化学科の棟があります。その1階のカフェテリアは軽く昼食をとるのに最適。結構利用者も多い。


だんだん慣れてきてリラックスしてきました。仕事も徐々にスタート。毎日1時間くらいポスドクの人とdiscussionという名前のレクチャーを受けています(笑い)。まぁ理論系の博士課程の1年くらいの内容かな(苦笑)。自分にはいいべんきょうになります。

再び雨

こちらに来てから最初の10日は雨が多く寒い日が続きました。


ここ数日(土曜くらいから)、暖かくなりいい気候になったのに、昨晩雷がなったと思ったら雨が降り、また寒くなりました・・・・いやですねぇ・・・。論文の件での嫌な思いがまだ残っていて、昨日は1時ごろまで寝付けず、仕方がないのでベルンハルト・シュリンクの「ゼルプの裁き」をずっと読んでいました。シュリンクは「朗読者」が評判ほどの名作と思わなかったのですが、「逃げていく愛」が非常によかったので、邦訳されているものは全部読んでみようと思い、持参しました。ドイツでドイツの現代小説を読むのもなかなかいいものです。小説の世界に浸って、ちょっとは気分転換できたかな、と思います。

ドイツの週末 week2 その2

日曜の日中はかなり体調も回復し、気候もよくなったので散歩に。あたたくて気持ちいいですよ~。みなさんアイスを頬張っているのでつられてイチゴとレモンのGeratoを。これで1.4Euro。安い。なめながら家から徒歩2分のドナウ河の岸辺を散歩。さらに有名な石橋を渡って対岸に。そこには移動遊園地が開設されていてすごい人・・・。


あの移動遊園地。「移動」という割りには大仕掛け。15メートルくらいあるフリーフォールや、観覧車などもある。あれを移動されるのはさぞかし大変だろうなぁ、と感心。ビジネスとしてよく成立するもんだ。


小一時間散歩し、最後はインド料理屋でマトンカレーを食べておしまい。かなり美味だった。あ、美味だ、と分かるということは治ってきたということだ。確かに咳も減ったし・・・・。


で、月曜。起床するとかなり元気だ。うれし~。さぁばりばり仕事!と張り切ってスペイン人のM.dVさんと議論。いろいろ計算のイロハを教えてもらい、論文も教えてもらい、明日の予約もとって研究室へ戻る。と、そこに、論文rejectの知らせ。をいをい、4ヶ月待たせてこのコメントかよ(たった3行。落とす理由も一切なし。ただほかのジャーナルにいけ、とあるだけ)。だいたい誰か目星はついているんだぜ!全く不当としかいえない扱いで完全に激怒!一気に気分もしぼみました・・・・。