俳諧伝授 -33ページ目

歌仙「灰汁桶の」の巻 2

つい勢いで「はじまり、はじまりぃ」とか云ってしまいましたが、もう少し前説をさせてください。


「俳諧は文台上にある中とおもふべし。文台をおろすと、ふる反古と心得べし」(季由・許六著『篇突(へんつき)』)


「学ぶ事はつねにあり。席に望んで、文台と我と間に髪を入れず、思ふ事速かにいひ出でて、ここに至りて迷ふ念なし。文台引き下せば、すなはち反故なり」(去来著『去来抄』)


上は、芭蕉の言葉です。


ぶん‐だい【文台】
①高さ2~3寸の小さい机。特に、歌会や連歌・俳諧などの席で懐紙や短冊を載せるのに用いた。ふだい。源氏物語宿木「歌ども奉る。―のもとに寄りつつ置くほどのけしきは」
②歌比丘尼などの持った手ばこ。好色一代女3「―に入れしは熊野の牛王・酢貝」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


芭蕉曰く、文台の上にある中(うち)が俳諧である、と。


曰く、文台を下ろすなら、それは反古にすぎない、と。


ほ‐ご【反故・反古】
①書画などを書き損じた不用の紙。ほぐ。ほうご。
②転じて、役に立たない物事。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


しかも「べし」、つまり「ねばならない」と、それがこの上ない規範であったことが忖度されます。


「俳諧の当座性・その場性」ですね。


“席に望んで、文台と我と間に髪を入れず、思ふ事速かにいひ出でて、ここに至りて迷ふ念なし”


当座の俳席において迷いがあってはならない、前句が文台の懐紙に書きとめられ付句を要求さらたなら間髪を入れず、それに応答しなくてはならない。


たとえば歌仙は長短三十六句で構成されますから、ちんたらやってると日付が替わってしまいますよね、座もしらけるし。


“文台と我と間に髪を入れず”付け合いは、ほとんど即興だったのでしょう。


あれこれあれこれ考えて、無駄な時間を浪費してはならない、極度の集中、当座の熱狂と興奮、その中から生まれるのが本来の俳諧なんでしょう。


そのように当座性・即興性を何より重視した俳諧、自身にに“文台引き下せば、すなはち反故なり”とまで云わしめた芭蕉の俳諧なんですが、それが出版物として今に残されているのも事実です。


“文台引き下せば、すなはち反故なり”たしかに俳諧は“文台上にある中”当座こそが生命であり価値であったのでしょう。


が、他方、それが文字に記され出版物として世間に流通し、時空を超えてなお、当座の俳諧に負けぬ価値あるものになるだろうという予感あるいは確信が、芭蕉にはあったのかもしれません。


『猿蓑』は、去来・凡兆編なのですが、芭蕉は両者を指揮し自ら句を入れ替えたり添削したりして編集に介入してもいます。


つまり、紙上の俳諧として芭蕉によって完成されたものが、今日我々の目にする俳諧にほかなりません。


あたりまえですが我々は、文字として記された紙上の俳諧としか出会うことはできませんよね。


当座の状況や集う生身の連衆たち、当座の俳諧、これは時間とともに過ぎ行くもの、不易流行の流行と云っていいかもしれません。


そういう当座性を離れ、紙上に文字として定着され書物として出版され、永く後の世まで伝えられる俳諧、これは不易流行の不易と云えるものなのかもしれません。


文字言語として出会う紙上の俳諧、はたして我々は、その中に芭蕉のなげかけた確信を見出すことができるのでしょうか。