歌仙「灰汁桶の」の巻 8
初折の裏(序破急の破:展開部・変化に富ませ)
1)乗出して肱に余る春の駒 来(春)
2) 摩耶が高根に雲のかゝれる 水(雑)
3)ゆふめしにかますご喰へば風薫 兆(夏)
4) 蛭の口処をかきて気味よき 蕉(夏)
5)ものおもひけふは忘れて休む日に 水(雑・恋)
6) 迎せはしき殿よりのふみ 来(雑・恋)
7)金鍔と人によばるゝ身のやすさ 蕉(雑)
8) あつ風呂ずきの宵/\の月 兆(秋)(月の句)
9)町内の秋も更行明やしき 来(秋)
10) 何を見るにも露ばかりなり 水(秋)
11)花とちる身は西念が衣着て 蕉(春)(花の句)
12) 木曾の酢茎に春もくれつゝ 兆(春)
5)千代経べき物を様/〟\子日して 蕉
6) 鶯の音にたびら雪降る 兆
凡兆の句6)で序破急の序を終え、歌仙はいよいよその醍醐味である序破急の破、初折の裏へと進みます。
初折の裏一句目。
乗出して肱に余る春の駒 去来
│のりだして○○│かいなにあまる│はるのこま○○│
季節は「春の駒」で春です。
かいな【腕・肱】カヒナ
①肩からひじまでの間。二のうで。また、肩から手くびまでの間。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
前句と合わせて、
1)乗出して肱に余る春の駒 来
6) 鶯の音にたびら雪降る 兆
意訳すると、
乗り出してみたところ、春の若駒の勢いは、それを手綱で制御する腕(かいな)にあまるほどである。
(辺りには)鶯の初音が聞こえ、(まるでそれに応じるように)たびら雪が降っている。
でしょうか。
凡兆の誘いに、間髪を容れない応答ですねぇ。「鶯」の本意は、詰るところ「まちかねる」ですから「乗出して」「春の駒」に、よく響き合いますよね。たびら雪を切り裂いて疾走する若駒も、実に生命力にあふれて美しい。
5)千代経べき物を様/〟\子日して 蕉
6) 鶯の音にたびら雪降る 兆
1)乗出して肱に余る春の駒 来
6) 鶯の音にたびら雪降る 兆
「子日」の祝いの席が、いきなり春の野を駆ける人馬へと変転。序破急の破の開始にふさわしい、はつらつとして勢いのある世界が出現しました。打てば響くような去来の付け合いに、会心の笑みを浮かべた凡兆だったでしょう。
初折の裏二句目。
摩耶が高根に雲のかゝれる 野水
│まやがたかねに│くものかかれる│
特定の季節を指す語はありません。雑の句です。
まや‐さん【摩耶山】
六甲山地の一峰。神戸市灘区にあり、標高702メートル。山上に摩耶夫人(まやぶにん)をまつるとうり天上寺があり、眼下に神戸港を見る。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
まや【摩耶】
(梵語) 釈尊の母。中インド拘利(こうり)城主の善覚の妹(一説には娘)。迦毘羅衛(かびらえの)浄飯じようぼん王の妃となり、悉達多しつたるた太子(後の釈迦牟尼)を生み、7日目に死去した。マーヤー。摩迦摩耶(まかまや)。摩耶夫人(まやぶにん)。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
前句と合わせて、
1)乗出して肱に余る春の駒 来
2) 摩耶が高根に雲のかゝれる 水
意訳すると、
乗り出してみたところ、春の若駒の勢いは、それを制御する腕(かいな)にあまるほどである。
(振り仰げば)摩耶山の高い峰には雲がかかっている。
でしょうか。
野水は「肱に余る」ほどの若駒を思う存分走らせたいと思って、雄大な景を付けたのでしょうね。「肱に余る」と「高根に雲」よく響き合っていますよね。
1)乗出して肱に余る春の駒 来
6) 鶯の音にたびら雪降る 兆
1)乗出して肱に余る春の駒 来
2) 摩耶が高根に雲のかゝれる 水
さすがの去来も、「摩耶(山)」なんていう固有名が出てくるとは思わなかったでしょう。「鶯」の初音を待ちかねるようなどこか貴公子然とした人物は、雄大な野を駆ける若武者に、しかも仏母の祀られた摩耶山を仰ぎ見るような求道心を抱く人物へと変身してしまったようです。