俳諧伝授 -25ページ目

歌仙「灰汁桶の」の巻 10

初折の裏(序破急の破:展開部・変化に富ませ)


1)乗出して肱に余る春の駒       来(春)
2) 摩耶が高根に雲のかゝれる     水(雑)
3)ゆふめしにかますご喰へば風薫    兆(夏)
4) 蛭の口処をかきて気味よき     蕉(夏)
5)ものおもひけふは忘れて休む日に   水(雑・恋)
6) 迎せはしき殿よりのふみ      来(雑・恋)
7)金鍔と人によばるゝ身のやすさ    蕉(雑)
8) あつ風呂ずきの宵/\の月     兆(秋)(月の句)
9)町内の秋も更行明やしき       来(秋)
10) 何を見るにも露ばかりなり     水(秋)
11)花とちる身は西念が衣着て      蕉(春)(花の句)
12) 木曾の酢茎に春もくれつゝ     兆(春)



初折の表五句目に移りましょう。


ものおもひけふは忘れて休む日に  野水


│ものおもい○○│きょうはわすれて│やすむひに○○│


特定の季節を指す語はありません。雑の句です。


そしてこれ実は「恋の句」なんですね。


詩歌における「ものおもひ」は、恋の思い・恋の悩みである場合が多い、ということなんだそうです。


もの‐おもい【物思い】‥オモヒ
思いわずらうこと。思いにふけること。うれい。古今和歌集春「年ふればよはひは老いぬしかはあれど花をし見れば―もなし」。「―にふける」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


おもい【思い・念い・想い】オモヒ
③何物・何事かに働き掛ける気持。
ア)慕う、特に異性に心を寄せる気持。万葉集三「―そあがするあはぬ子ゆゑに」。「―を遂げる」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


前句と合わせて、


5)ものおもひけふは忘れて休む日に   水
4) 蛭の口処をかきて気味よき     蕉


意訳すると、


日ごろの恋の悩みを、今日一日だけは忘れて休む日に。
 昨日の田植えで咬まれた蛭の咬み跡をかくのは(また)気持ちいいものだ。


でしょうか。


たぶん野水は「蛭の口処をかきて気味よき」に「自分の思い通りにならないもどかしさ」を感じ取ったのでしょう。痒みって、そういうものですよね。痒みは「痒みよ消えろ」といくら思ったところで、その身体的・生理的原因が解消しない限りなくなりはしません。たしかに、かいているそのときだけは「気味よき」なのでしょうけれど、かくことによって直接痒みじたいを解消することはできません。「自分の思い通りにならないもどかしさ」恋もそうですよね。いくら思い悩んでも、恋は思い通りには展開しない、ですよねぇ、相手もあることですし‥。通い合うものがありますよね、両者には。


え?じゃあ「蛭(の口処)」は何なの?という疑問が聞こえてきそうですね。


大丈夫ですよ、この「ものおもひ」している人物は、実は「早乙女」だったのですね。たぶん。野水はそう思って「ものおもひけふは忘れて休む日に」と、付けたんじゃないでしょうか。


さ‐おとめ【早少女・早乙女】‥ヲトメ
(サは接頭語、神稲の意)
①田植をする女。植女(うえめ)。そうとめ。栄華物語根合「―の山田の代(しろ)におり立ちて」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


3)ゆふめしにかますご喰へば風薫    兆
4) 蛭の口処をかきて気味よき     蕉


から、


5)ものおもひけふは忘れて休む日に   水
4) 蛭の口処をかきて気味よき     蕉


への展開です。


芭蕉は、過酷な農作業を終えたくつろぎの夕飯を描いたはずだったんですけどねぇ。風薫るような心地よいひとときを。


その局面での人物は、おそらく農夫、男性をイメージしていたでしょう。ところがところが、それが思いもしなかった恋の悩み多き早乙女に、変身させられてしまったのです。


農作業も、田草取りみたいな過酷で身もふたもないものから、収穫への期待の籠もった、神事とも切り離せない田植えへと変化してしまいました。


ところで、芭蕉は恋の句を誘ったのでしょうか。ここは微妙ですね。蛭は血を吸う生き物ですし、咬まれた跡、つまり口処(くちど)からはたいてい出血します。それに、咬まれたその時点で痒いのですけどね、蛭は。


「蛭の口処をかきて気味よき」どうだろう?これはある意味、恋をイメージしやすいと思うのですけどね。もしこれが誘いだったとしたら、こういう微妙な誘いに応答した野水もすごいよね。繊細で鋭敏な感性ですよね、両者ともに。


口処の痒みの「自分の思い通りにならないもどかしさ」も、もちろんなんですが、だいたい血を吸われるって、恋に魂を奪われる・恋に心を奪われるに通じませんかね。私の思い過ごしでしょうか。


それはともかくとして、初折の裏六句目に進みましょう。


迎せはしき殿よりのふみ  去来


│むかえせわしき│とのよりのふみ│


これも、特定の季節を指す語はありません。雑の句です。


さらに、この句は前句「ものおもひけふは忘れて休む日に」に付けているのですから、恋を直に指す語は見当たらないのですが、前句と合わせて意味的に恋の句になります。


「せわ(忙)しき」は、解りますよね。「性急な」です。


前句と合わせて、


5)ものおもひけふは忘れて休む日に   水
6) 迎せはしき殿よりのふみ      来


意訳すると、


日ごろの恋の悩みを、今日一日だけは忘れて休む日に。
 「はやく参れ」とせかす性急な殿様からの、催促の書状が届いた。


去来はもちろん、恋に恋で答えたわけですね。「ものおもひけふは忘れて休む日に」の「休む日」を、武家屋敷に奉公する腰元の休日と見なしたのでしょう。


こし‐もと【腰元】
③貴人のそばに仕えて雑用をする侍女。狂、菊の花「―はしたなどを」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


「殿」は、その屋敷の主人なんでしょう。「殿よりのふみ」は、恋文なんですねぇ。


なんか、現代の感覚からすると時代劇の一場面みたいですねぇ、まあ、それはどうでもいいのですが‥。


しかし「迎せはしき」って、ずいぶん情熱的な殿ですね。この殿は。‥こほん。


5)ものおもひけふは忘れて休む日に   水
4) 蛭の口処をかきて気味よき     蕉


から、


5)ものおもひけふは忘れて休む日に   水
6) 迎せはしき殿よりのふみ      来


への展開です。


恋する人物が、早乙女から腰元に変身してしまいました。場所も農家から町屋へ、いきなりチェンジしました。


「ものおもひ」するような密かな恋、しかもそれを「けふは忘れて休む」ようなつつましい人物を描いたはずの野水だったのですが、そこへいきなり「迎せはしき」情熱的な「殿」から催促の「ふみ」が届こうとは、ゆめゆめ思わなかったでしょうね。あまりの変化に、唖然としたかもしれないな、ここは。


さて「恋の句」なんですけど。


月・花の定座の話は以前にしましたが、恋の句にも、初折の表以外の一巻の中に最低一か所以上詠み込まなくてはならない、という決まりがあるのです。


恋の句は、月・花と同様に俳諧にとって重要なものだったのですね。


恋の句は、文字通り俳諧連歌に華を添えるものだったのでしょう。


たしかに、恋の句があるとないとでは、ずいぶん俳諧一巻の趣が違ってきますよね。