俳諧伝授 -26ページ目

歌仙「灰汁桶の」の巻 9

初折の裏(序破急の破:展開部・変化に富ませ)


1)乗出して肱に余る春の駒       来(春)
2) 摩耶が高根に雲のかゝれる     水(雑)
3)ゆふめしにかますご喰へば風薫    兆(夏)
4) 蛭の口処をかきて気味よき     蕉(夏)
5)ものおもひけふは忘れて休む日に   水(雑・恋)
6) 迎せはしき殿よりのふみ      来(雑・恋)
7)金鍔と人によばるゝ身のやすさ    蕉(雑)
8) あつ風呂ずきの宵/\の月     兆(秋)(月の句)
9)町内の秋も更行明やしき       来(秋)
10) 何を見るにも露ばかりなり     水(秋)
11)花とちる身は西念が衣着て      蕉(春)(花の句)
12) 木曾の酢茎に春もくれつゝ     兆(春)



初折の裏三句目。


ゆふめしにかますご喰へば風薫  凡兆


│ゆうめしに○○│かますごくえば│かぜかおる○○│


季節は「風薫」で夏です。


かます‐ご【叺子】
玉筋魚(いかなご)の幼魚。叺に包んで輸送することから、関西地方でいう。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


(「叺(かます)」は、藁(わら)むしろを二つ折りにして作った袋)


「風薫る」は、青葉を吹いてその香りを届けてくれる心地よい夏の南風ですね。


前句と合わせて、


3)ゆふめしにかますご喰へば風薫    兆
2) 摩耶が高根に雲のかゝれる     水


意訳すると、


夕飯にかますごを食べていると、折から青葉を吹いた風がその香を運んできて実に心地よい。
 (振り仰げば)摩耶山の高い峰には雲がかかっている。


でしょうか。


凡兆は、高根にかかる雲を、夏の雲(雲の峰)と見たのでしょう。また、摩耶山が神戸市灘区(現在の地名で)にあることから「かますご」という玉筋魚(いかなご)の幼魚の関西地方の俗名を持ってきたのだと思います。


1)乗出して肱に余る春の駒       来
2) 摩耶が高根に雲のかゝれる     水


から、


3)ゆふめしにかますご喰へば風薫    兆
2) 摩耶が高根に雲のかゝれる     水


への展開ですね。


春駒の疾駆する雄大かつ、躍動感あふれる世界を描いたはずの野水なんですが、それは凡兆の付け句によって、どこか貧しい、摩耶山を仰ぎ見る漁村の夕食へと変転してしまいました。まさか野水も「かますご」が出てくるとは思わなかったでしょう。若武者だった人物も、漁を終え粗末な夕食を薫風に疲れた体を癒しながら摂る漁師に、変身してしまいました。


初折の裏四句目。


の口処をかきて気味よき  芭蕉


│ひるのくちどを│かきてきみよき│


季節は「蛭」で夏です。


ひる【蛭】
ヒル綱の環形動物の総称。体は細長くやや扁平で34体節から成る。前後両端の腹面に吸盤があり、前吸盤の中に口がある。雌雄同体。吸血または肉食。池沼・水田・渓流などにすみ、チスイビル・ウマビル・ヤマビルなど種類が多い。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


「口処」は、クチド・クイド・クドコとも読んで、咬まれた所、喰い跡を指すようです。


前句と合わせて、


3)ゆふめしにかますご喰へば風薫    兆
4) 蛭の口処をかきて気味よき     蕉


意訳すると、


夕飯にかますごを食べていると、折から青葉を吹いた風がその香を運んできて実に心地よい。
 (そんなひととき)日中の田草取りで咬まれた蛭の咬み跡をかくのは(また)気持ちいいものだ。


でしょうか。


「風薫」の心地よさ、夕飯のくつろいだ雰囲気に、蛭の咬み跡(の痒み)をかくという気持ちよさで、応じたのでしょうね、芭蕉は。「かますご」の夕食を農家の風景と見た。


3)ゆふめしにかますご喰へば風薫    兆
2) 摩耶が高根に雲のかゝれる     水


から、


3)ゆふめしにかますご喰へば風薫    兆
4) 蛭の口処をかきて気味よき     蕉


への展開ですね。


摩耶山を仰ぎ見る漁村(神戸市灘区)をイメージしていたのでしたよね、凡兆は。芭蕉の「蛭の口処」によって、それは実は農家の夕飯だったことになってしまったんですねぇ。あれまあ。


たしかに蛭に咬まれたところは、後になって痒くなったりします。蛭に咬まれるなんてことがよくあるのは、水田の農作業中。実際そうなんですねぇ。


さらに「ゆふめしにかますご」と「蛭の口処を」。「喰へば」と「かきて」。「風薫」「気味よき」。これって対句になってませんか?


いやはや、さすがだねぇ芭蕉。