俳諧伝授 -21ページ目

ちょっと休憩

交差点渡るに遠き時雨かな  ousia


│こうさてん○○│わたるにとおき│しぐれかな○○│



ちょっとひと休みです。


歌仙「灰汁桶の」の巻、ようやく半分まできました。


どうでしょう俳諧連歌。文芸・文学って感じしないですよね。


音楽に近いでしょ?ジャムセッションですよね、まるで。


ジャム‐セッション【jam session】
ジャズでミュージシャンたちが集まって即興演奏を行うこと。また、その演奏会。ジャム。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


歌仙は三十六句で構成されていますから、一句1分だと36分。いくら即興とはいえまさかそんなに速くは付けられないから一句5分として3時間。一句10分として6時間。まあ、その中間くらいが、歌仙一巻に要した平均時間だったんじゃないでしょうか。


これでも、ほとんど考えている暇なんてなかったでしょう。そういうものですよね、詩を詠むって。やはり即興と云ってもいいでしょうね、これは。


「席に望んで、文台と我と間に髪を入れず、思ふ事速かにいひ出でて、ここに至りて迷ふ念なし。文台引き下せば、すなはち反故なり」服部土芳著『三冊子』


あたりまえですが、即興演奏が成立するためには、そのメンバーが即興演奏できるだけの実力の持ち主でなくてはなりません。


ただ楽譜が読めて楽器が演奏できるだけではなく、その場その場で音楽を創造することができないとだめなんですね。


しかも複数でやるわけですから、他者の創造に反応しなくてはならない。というより、他者の創造を受け取ってそれに応じて自分の創造を展開しなければなりません。


たがいにてんでばらばらなことをやってたって、それはトータルな即興演奏にはならないってことですよね。


あるフレーズが提出されたなら、そのフレーズを受け取って、さらに展開して行かなければならない。しかもそれが、トータルに楽曲としての調和を保っていなくてはならない。


俳諧も同じですよね。


自分の創造した世界が、目の前で他者によって変転させられるとてつもない世界。


個の創造と個の創造がぶつかり合い、個を超えた創造が成就する。そんな世界。


両者とも、現代人の特徴である「人の話を聞いてない」が、はなから通用しない世界なんですねぇ。