歌仙「灰汁桶の」の巻 14
さて、歌仙はちょうど半ばを過ぎて折り返し点です。
初折(しょおり)から、名残(なごり)の折(略して「名残」)へと懐紙が替わりました。
ここも、一巻構成の上からは序破急の破にあたります。
名残の表(序破急の破:展開部・変化に富ませ)
1)かへるやら山陰伝ふ四十から 水(春)(折立)
2) 柴さす家のむねをからげる 来(雑)
3)冬空のあれに成りたる北颪 兆(冬)
4) 旅の馳走に有明しをく 蕉(雑)
5)すさまじき女の知恵もはかなくて 来(秋)
6) 何おもひ草狼のなく 水(秋・恋)
7)夕月夜岡の萱ねの御廟守る 蕉(秋)(この歌仙の月の定座)
8) 人もわすれしあかそぶの水 兆(雑)
9)うそつきに自慢いはせて遊ぶらん 水(雑)
10) 又も大事の鮓を取出す 来(夏)
11)堤より田の青やぎていさぎよき 兆(夏)(通常の月の定座)
12) 加茂のやしろは能き社なり 蕉(雑)(折端)
名残の表一句目です。ここを、「折立(おりたて)」と云います。
かへるやら山陰伝ふ四十から 野水
│かえるやら○○│やまかげつたう│しじゅうから○○│
季節は「かへるやら」「四十から」で春です。
「四十から」のみでは季節は夏なんですが、ここは「かへるやら」ですから「小鳥帰る」で春になります。
「かへるやら」は「帰るのだろうか」です。
しじゅう‐から【四十雀】‥ジフ‥
スズメ目シジュウカラ科の鳥。小形で、頭頂・のどなどは黒、背は緑黄、頬と胸腹とは白。胸腹の中央に縦の黒色帯が1本ある。日本の林地の鳥の代表。ユーラシア大陸に広く分布。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
前句と合わせて、
1)かへるやら山陰伝ふ四十から 水
12) 木曾の酢茎に春もくれつゝ 兆
意訳すると
あれは北の深山へ帰ろうとしているのだろうか、四十雀たちが山かげを伝って行く。
木曾の酢茎の暮春の味わいに、春も終わろうとしている。
でしょうか。
野水は「春もくれつゝ」の暮れ行く春を惜しむ気持ちを、それに通い合う「かへるやら」望郷の念で付けたのでしょう。
深山へ帰って行く「四十から」に、はるかな故郷への思いをかきたてられた。という感じかな。
11)花とちる身は西念が衣着て 蕉
12) 木曾の酢茎に春もくれつゝ 兆
から、
1)かへるやら山陰伝ふ四十から 水
12) 木曾の酢茎に春もくれつゝ 兆
への展開ですね。
芭蕉を髣髴とさせる僧形(そうぎょう)の旅人の思い。それは、木曽路で迎えた暮春を惜しむ心から、深山へ帰る「四十から」によって思わず湧き上がった望郷の念へと変化しました。
ここの変化は、いいですねぇ。変化と云うより心情の推移と云ったほうがいいのかもしれません。木曾の酢茎の味わいも変わったことでしょう。
凡兆も、驚くというより共感したんじゃないかな。ここは。
名残の表二句目です。
柴さす家のむねをからげる 去来
│しばさすいえの│むねをからげる│
特定の季節を指す語はありません。雑の句です。
しば【柴】
山野に生える小さい雑木。また、それを折って薪や垣にするもの。そだ。しばき。ふし。万葉集14「あまの原富士の―山このくれの」。「山で―を刈る」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
「柴さす家」は、柴で葺(ふ)いた屋根の家。
から・げる【絡げる・紮げる】
《他下一》文 から・ぐ(下二)
①しばり束ねる。くくる。平家物語4「ところどころに灸治して、頭(かしら)―・げ、浄衣着て」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
屋根の修繕をしているところ、みたいですね。
前句と合わせて、
1)かへるやら山陰伝ふ四十から 水
2) 柴さす家のむねをからげる 来
意訳すると、
あれは北の深山へ帰ろうとしているのだろうか、四十雀たちが山かげを伝って行く。
柴で屋根を葺いた家が、棟の柴を束ねなおしている。
でしょうか。
四十雀が深山へ帰って行く。これは、鳥が季節によって生息地を変えるいわゆる「渡り」なんですが、雁のように人目に立つ渡り方ではありません。木から木へ、小さな群れでひそかに渡って行くんですね。そういう、毎年人知れず淡々と繰り返される渡りの様子から去来は、奥深い山にひっそりとたたずむ山家の屋根の修理を、積雪によって毎年のように傷んでしまう屋根の修理の光景を想起したのでしょう。
1)かへるやら山陰伝ふ四十から 水
12) 木曾の酢茎に春もくれつゝ 兆
から、
1)かへるやら山陰伝ふ四十から 水
2) 柴さす家のむねをからげる 来
への展開です。
野水が描いたのは旅人の望郷の念だったのですが、それは定住する地下人の屋根の修理という日常の作業に変化してしまいました。旅する者から定住する者へ。この変化はまさに驚きです。思いもよらなかったんじゃないでしょうか、野水は。四十雀の渡りから立ちのぼる情感も、おのずと別物になってしまいましたね。