俳諧伝授 -19ページ目

歌仙「灰汁桶の」の巻 15

名残の表(序破急の破:展開部・変化に富ませ)


1)かへるやら山陰伝ふ四十から     水(春)(折立)
2) 柴さす家のむねをからげる     来(雑)
3)冬空のあれに成りたる北颪      兆(冬)
4) 旅の馳走に有明しをく       蕉(雑)
5)すさまじき女の知恵もはかなくて   来(秋)
6) 何おもひ草狼のなく        水(秋・恋)
7)夕月夜岡の萱ねの御廟守る      蕉(秋)(この歌仙の月の定座)
8) 人もわすれしあかそぶの水     兆(雑)
9)うそつきに自慢いはせて遊ぶらん   水(雑)
10) 又も大事の鮓を取出す       来(夏)
11)堤より田の青やぎていさぎよき    兆(夏)(通常の月の定座)
12) 加茂のやしろは能き社なり     蕉(雑)(折端)



名残の裏三句目です。


冬空のあれに成りたる北颪  凡兆


│ふゆぞらの○○│あれになりたる│きたおろし○○│


季節は「冬空」で冬。です。


「あれに成りたる」は「荒れ模様になっている」ですね。


きた‐おろし【北下ろし・北颪】
北方の高地から吹きおろす寒風。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


前句と合わせて、


3)冬空のあれに成りたる北颪      兆
2) 柴さす家のむねをからげる     来


意訳すると、


北颪が吹きはじめて、冬空はしだいに荒れ模様になっている。
 柴で屋根を葺いた家が、棟の柴を束ねなおしている。


でしょうか。


凡兆は、この屋根の修理を、積雪で傷んだ春の修理ではなく、冬の厳しい気象にそなえるための修理と見なしたようです。秋の台風で傷んだままになっていた屋根を、荒れ模様の冬空の下で懸命になおしているのでしょう。


1)かへるやら山陰伝ふ四十から     水
2) 柴さす家のむねをからげる     来


から、


3)冬空のあれに成りたる北颪      兆
2) 柴さす家のむねをからげる     来


への展開です。


雑の句をはさんで、季節がいきなり春から冬へと移りました。ひそやかな暮春の景から荒れ模様の冬空へ、静から動への変化ですね。これはある意味俳諧ではよくある順当な変化なので、去来も「なるほど」と納得したでしょう。


名残の表四句目。


旅の馳走に有明しをく  芭蕉


│たびのちそうに│ありあかしおく│


特定の季節を指す語はありません。雑の句です。


ち‐そう【馳走】
①かけはしること。奔走。今昔物語集11「こゑをあげてほえ叫びて東西に―す」
②あれこれ走りまわって世話をすること。浄、念仏往生記「エヽ都まで―して連れ上(のぼ)らんと思ひしに」
③(その用意に奔走する意から) ふるまい。もてなし。饗応。狂、痺り「御茶の御酒のと有て某までも御―になる」
④立派な料理。おいしい食物。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


ここでは③でしょうか。


あり‐あかし【有り明し】
一晩中ともしておく灯火。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


つまり、有明行灯(ありあけあんどん)のことなんでしょうね。


(幸田露伴は「有明し」と「有明行灯」は別物だと云っていたようですが)


前句と合わせて、


3)冬空のあれに成りたる北颪      兆
4) 旅の馳走に有明しをく       蕉


意訳すると、


北颪が吹きはじめて、冬空はしだいに荒れ模様になっている。
 (せめて)旅のもてなしにと(宿の主人は旅人の枕元に)有り明かしを置く。


でしょうか。


芭蕉は、前句の冬空の厳しさから旅の厳しさを連想し、北颪の吹く冬空の下を旅してきた旅人を「有明し」でもてなす宿の主人を出現させた、というわけですね。


3)冬空のあれに成りたる北颪      兆
2) 柴さす家のむねをからげる     来


から、


3)冬空のあれに成りたる北颪      兆
4) 旅の馳走に有明しをく       蕉


への展開です。


屋外から屋内へ場所が転換しました。よってここでの「北颪」は、風の音や、雨戸のゆさぶられる音などです。視覚から聴覚への転換。この変化は鮮やかですね。凡兆は目を見張ったことでしょう。


え~、ここでちょっと、重箱の隅を楊枝でほじくってみましょう。


○重箱の隅を楊枝でほじくる
すみからすみまで、または、些細な事まで干渉・穿鑿(せんさく)することのたとえ。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


問題は、「有明しをく」の「をく」です。


上では「ある位置を占めさせる」という意味の「置く」と解したのですが、「置く」の歴史的仮名遣いは「おく」であって「をく」ではありません。


okuという発音で「をく」と表記される動詞は、


お・く【招く】ヲク
《他四》
(オグとも) 招き寄せる。おびきよせる。万葉集17「―・くよしのそこに無ければ」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


だけなんですね。


けれども「有明し」などという物(物体)を「招きよせる」あるいは「おびきよせる」たところで、相手は物ですから、まさかいきなり足を生やして自分の意志でこちらに寄ってくる、なんてことにはなりませんよねぇ。


ので、ふたたびみたび辞書を引いてみると、ありました。


まねき‐よ・せる【招き寄せる】
《他下一》
招いて、来させる。近くに引き寄せる。呼び寄せる。「多くの人を―・せる力がある」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


この「近くに引き寄せる」なら、なんとか当てはまりそうです。


「有明しをく」、つまり「有明し」を「近くに引き寄せる」どうでしょうか。


3)冬空のあれに成りたる北颪      兆
4) 旅の馳走に有明しをく       蕉


北颪という冷たい風の吹きすさぶ冬空の下を、旅人は旅してきたわけです。


冬ですから、日は短い。あっという間に暗くなります。


この旅人も、そういう暗い中を宿に到着したのでしょう。


そこで、宿の主人の心ばかりのもてなし「旅の馳走に」が、あるわけです。


「旅の馳走に有明しをく」は、北颪のふきすさぶ暗くて寒い道中、まことにたいへんだったでしょう。せめてこの「有明し」を「近くに引き寄せ」おもてなしいたしましょう。というような、情景を思い描けるのではないでしょうか。ほのかな温かみもあるだろうし‥。


情景浮かびますよね。宿の主人が、「有明し」を旅人のために敷いた布団の枕元に引き寄せている場面が。


「旅の馳走に有明し置く(おく)」


「旅の馳走に有明し招く(をく)」


どうだろう?


まあ、いままでこの「をく」を「招く」と読んだ人はいなかったみたいですし、「置く」でも別にいいのですけれどね。


ただ、「置く:ある位置を占めさせる」より「招く:近くに引き寄せる」のほうがより「馳走」なんじゃないでしょうか。私はそう思いますけれど。


以上、重箱の隅を楊枝でほじくってみました。


まあこれは、私個人の妄想、タワゴトですから、「置く」でいいです。忘れてください。