歌仙「灰汁桶の」の巻 19
名残の表(序破急の破:展開部・変化に富ませ)
1)かへるやら山陰伝ふ四十から 水(春)(折立)
2) 柴さす家のむねをからげる 来(雑)
3)冬空のあれに成りたる北颪 兆(冬)
4) 旅の馳走に有明しをく 蕉(雑)
5)すさまじき女の知恵もはかなくて 来(秋・恋)
6) 何おもひ草狼のなく 水(秋・恋)
7)夕月夜岡の萱ねの御廟守る 蕉(秋)(この歌仙の月の定座)
8) 人もわすれしあかそぶの水 兆(雑)
9)うそつきに自慢いはせて遊ぶらん 水(雑)
10) 又も大事の鮓を取出す 来(夏)
11)堤より田の青やぎていさぎよき 兆(夏)(通常の月の定座)
12) 加茂のやしろは能き社なり 蕉(雑)(折端)
名残の表十一句目です。
堤より田の青やぎていさぎよき 凡兆
│つつみより○○│たのあおやぎて│いさぎよき○○│
季節は「田の青やぎ(ぐ)」で夏。これは季語で云えば「青田」のことですね。
や・ぐ
《接尾》
名詞や形容詞語幹などに付いて、五段活用の動詞を作る。そのような状態を呈する。「はな―・ぐ」「若―・ぐ」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
「田の青やぎて」は「青田の状態を呈して」でしょう。
いさぎよ・い【潔い】
《形》 文 いさぎよ・し(ク)
①たいそう清い。汚れがない。また、すがすがしい。崇神紀「淵の水―・し」
②潔白である。汚れた行いがない。新古今和歌集神祇「ありきつつきつつ見れども―・き人の心をわれ忘れめや」
③未練がない。わるびれない。平気である。浄、曾根崎心中「―・う死ぬまいか」。「―・く身を引く」
④小気味よい。狂、棒縛「さてさて―・い事ぢやなあ」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
この句の脈絡だと、①の「すがすがしい」かな。
前句と合わせて、
11)堤より田の青やぎていさぎよき 兆
10) 又も大事の鮓を取出す 来
意訳すると、
堤からずっと、田はすくすくと育った稲で青々と満たされ、実にすがすがしいものだ。
(そこで)またしてもとっておきの鮓を取り出して(彼に振舞った)
でしょうか。
凡兆は、とっておきの鮓を振舞うにふさわしい場所として、すがすがしい青田をイメージしたのでしょう。
え~、10)去来句のところで解説しなければならなかったのですが、ここでの「鮓」は、
すし【鮨・鮓】
(「酸(す)し」の意)
①魚介類を塩蔵して自然発酵させたもの。また、さらに飯を加えて発酵を促したもの。なれずし。生成り。〈和名抄16〉
②(「寿司」と書くのは当て字) 酢と調味料とを適宜にまぜ合せた飯に、魚介類・野菜などを取り合せたもの。いいずし・おしずし・はこずし・にぎりずし・まきずし・ちらしずしなど。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
①の「馴鮨・熟鮨(なれずし)」のことです。だから「大事の」「とっておきの」なんです。つまり、熟れの頃合ことを云ってるんですね、「大事の」は。今がいちばん旨い頃合である、と。
9)うそつきに自慢いはせて遊ぶらん 水
10) 又も大事の鮓を取出す 来
から、
11)堤より田の青やぎていさぎよき 兆
10) 又も大事の鮓を取出す 来
への展開です。
ここでこの鮓を振舞う相手は「うそつき(法螺吹き)」の「彼」ではなくなりました。「いさぎよき」が響いて、一献傾けながら気の置けない人物と語らっているような気持ちいい情景が見えてきました。
「又も」の意味も変化してしまったようです。『青田の頃になった。そこで「又も」』そこで今年も、という感じですね。
人物を描くのが上手い去来と、景を描くのが上手い凡兆の、両者の良さがうまくかみ合った展開です。
去来も、納得し満足したんじゃないかな。
名残の表十二句目、折端(おりはし)です。
加茂のやしろは能き社なり 芭蕉
│かものやしろは│よきやしろなり│
季節を指す特定の語はありません。雑の句です。
「加茂のやしろ」は「賀茂神社」のことです。
かも‐じんじゃ【賀茂神社】
賀茂別雷(かもわけいかずち)神社および賀茂御祖(かもみおや)神社の総称。賀茂社。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
とか云われてもねぇ。どんな神社なんでしょう?行ったことないので判りません。
けれども、凡兆の句がどんな神社なのかを語っています。
というか、芭蕉が凡兆句によって加茂神社のいかなるかを語らしめているんですね。さすが!
前句と合わせて、
11)堤より田の青やぎていさぎよき 兆
12) 加茂のやしろは能き社なり 蕉
意訳すると、
堤からずっと、田はすくすくと育った稲で青々と満たされ、実にすがすがしいものだ。
賀茂神社の社は、実に神々しく格の高いものであることよ。
でしょうか。
これはもう、青田の持つすがすがしさ、美しさ、清らかさからたちまたち「加茂のやしろ」を連想したんでしょうね、芭蕉は。
11)堤より田の青やぎていさぎよき 兆
10) 又も大事の鮓を取出す 来
から、
11)堤より田の青やぎていさぎよき 兆
12) 加茂のやしろは能き社なり 蕉
への展開ですね。
芭蕉の付け句によって凡兆句の「いさぎよき」の意味が、また少し変化しましたね。
去来句との響き合いだと「すがすがしい」だったものが、
いさぎよ・い【潔い】
《形》 文 いさぎよ・し(ク)
①たいそう清い。汚れがない。また、すがすがしい。崇神紀「淵の水―・し」
②潔白である。汚れた行いがない。新古今和歌集神祇「ありきつつきつつ見れども―・き人の心をわれ忘れめや」
③未練がない。わるびれない。平気である。浄、曾根崎心中「―・う死ぬまいか」。「―・く身を引く」
④小気味よい。狂、棒縛「さてさて―・い事ぢやなあ」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
同じ①でも「たいそう清い。汚れがない」感じがしてきます。
で、むろんこの「堤」も加茂川の堤ということになるんでしょうね。少なくとも芭蕉は、そう見立てた。
かも‐がわ【賀茂川・加茂川・鴨川】‥ガハ
京都市街東部を貫流する川。北区雲ヶ畑の山間に発源、高野川を合せて南流し(その合流点から下流を鴨川と書く)、桂川に合流する。(歌枕)
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
なるほどねぇ。歌枕なんですね、加茂川は。
芭蕉らしいや。
(つまり、世に広く知られているような滑稽ばかりが俳諧じゃなくて、蕉風俳諧は詩歌の伝統に裏打ちされたものなんですねぇ。俳諧=風雅)
凡兆も、そう思ったでしょう。