歌仙「灰汁桶の」の巻 20
名残の裏(序破急の急:終結部・短く躍動的に)
1)物うりの尻声高く名乗すて 来(雑)(折立)
2) 雨のやどりの無常迅速 水(雑)
3)昼ねぶる青鷺の身のたふとさよ 蕉(雑)
4) しょろ/\水に藺のそよぐらん 兆(雑)
5)糸桜腹いつぱいに咲きにけり 来(春)(花の定座)
6) 春は三月曙のそら 水(春)(挙句)
さて「灰汁桶の」は、歌仙構成上の終結部・序破急の序「名残の裏」に入ります。
名残の裏一句目。折立です。
物うりの尻声高く名乗すて 去来
│ものうりの○○│しりごえたかく│なのりすて○○│
特定の季節を指す語はありません。雑の句です。
「物うり」は「行商人」。
「尻声高く」は「語尾の調子・音程を高く。
「名乗すて」は、自分の名前を名乗るのではなく「商われている品物の名前を云い放つ」です。
前句と合わせて、
1)物うりの尻声高く名乗すて 来
12) 加茂のやしろは能き社なり 蕉
意訳すると、
物売りが商う品の名を、語尾の音程を高く云い放って、
賀茂神社の社は、実に神々しく格の高いものであることよ。
でしょうか。
人物詠得意の去来ですから「能き社」である加茂神社の門前に、人物を配したかったのでしょう。神社に神主や禰宜(ねぎ)では付きすぎて面白くない、そこで「物うり」の行商風景を描いて見せた、というところでしょうか。
11)堤より田の青やぎていさぎよき 兆
12) 加茂のやしろは能き社なり 蕉
から、
1)物うりの尻声高く名乗すて 来
12) 加茂のやしろは能き社なり 蕉
への展開です。
芭蕉の描く稲作と神社の深い関係を離れ、庶民の生活が見えてきましたね。神社=聖、物うり=俗、この対比も見事なものです。
名残の裏二句目です。
雨のやどりの無常迅速 野水
│あめのやどりの│むじょうじんそく│
特定の季節を指す語はありません。雑の句です。
むじょう‐じんそく【無常迅速】‥ジヤウ‥
人の世の移り変りがきわめて早いこと。歳月は人を待たず、人の死の早く来ること。正法眼蔵随聞記2「―也、生死事大也、暫く存命の間」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
前句と合わせて、
1)物うりの尻声高く名乗すて 来
2) 雨のやどりの無常迅速 水
意訳すると、
物売りが商う品の名を、語尾の音程を高く云い放って、
にわか雨に雨宿りしていた軒下を、世の移り変わりの速さを象徴するように立ち去った。
でしょうか。
野水は「名乗すて」の響きに「無常迅速」で応答した、というところでしょうかね。
ひとときの雨宿りを終え「尻声高く名乗すて」て去ってゆく「物うり」の姿に「人の世の移り変りがきわめて早いこと」を、重ねた。
ここは、
世の中はさらに時雨のやどり哉 宗祇
│よのなかは○○│さらにしぐれの│やどりかな○○│
世にふるもさらに宗祇のやどり哉 芭蕉
│よにふるも○○│さらにそうぎの│やどりかな○○│
という、宗祇、芭蕉の時を超えた唱和をふまえた付けであるのは、いうまでもありません。
1)物うりの尻声高く名乗すて 来
12) 加茂のやしろは能き社なり 蕉
から、
1)物うりの尻声高く名乗すて 来
2) 雨のやどりの無常迅速 水
への展開ですね。
「物うり」と「加茂のやしろ」によって描き出された庶民の生活は、そこに「無常迅速」を観取する者の詠嘆へと、変化しました。
師である芭蕉の有名な時を超えた唱和をふまえた付けですから、去来はおおいに共感したでしょうね。「名乗すて」から「雨のやどり」の発想を、嬉しく思ったことでしょう。