俳諧伝授 -14ページ目

歌仙「灰汁桶の」の巻 20

名残の裏(序破急の急:終結部・短く躍動的に)


1)物うりの尻声高く名乗すて      来(雑)(折立)
2) 雨のやどりの無常迅速       水(雑)
3)昼ねぶる青鷺の身のたふとさよ    蕉(雑)
4) しょろ/\水に藺のそよぐらん   兆(雑)
5)糸桜腹いつぱいに咲きにけり     来(春)(花の定座)
6) 春は三月曙のそら         水(春)(挙句)



さて「灰汁桶の」は、歌仙構成上の終結部・序破急の序「名残の裏」に入ります。


名残の裏一句目。折立です。


物うりの尻声高く名乗すて  去来


│ものうりの○○│しりごえたかく│なのりすて○○│


特定の季節を指す語はありません。雑の句です。


「物うり」は「行商人」。


「尻声高く」は「語尾の調子・音程を高く。


「名乗すて」は、自分の名前を名乗るのではなく「商われている品物の名前を云い放つ」です。


前句と合わせて、


1)物うりの尻声高く名乗すて      来
12) 加茂のやしろは能き社なり     蕉


意訳すると、


物売りが商う品の名を、語尾の音程を高く云い放って、
 賀茂神社の社は、実に神々しく格の高いものであることよ。


でしょうか。


人物詠得意の去来ですから「能き社」である加茂神社の門前に、人物を配したかったのでしょう。神社に神主や禰宜(ねぎ)では付きすぎて面白くない、そこで「物うり」の行商風景を描いて見せた、というところでしょうか。


11)堤より田の青やぎていさぎよき    兆
12) 加茂のやしろは能き社なり     蕉


から、


1)物うりの尻声高く名乗すて      来
12) 加茂のやしろは能き社なり     蕉


への展開です。


芭蕉の描く稲作と神社の深い関係を離れ、庶民の生活が見えてきましたね。神社=聖、物うり=俗、この対比も見事なものです。


名残の裏二句目です。


雨のやどりの無常迅速  野水


│あめのやどりの│むじょうじんそく│


特定の季節を指す語はありません。雑の句です。


むじょう‐じんそく【無常迅速】‥ジヤウ‥
人の世の移り変りがきわめて早いこと。歳月は人を待たず、人の死の早く来ること。正法眼蔵随聞記2「―也、生死事大也、暫く存命の間」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


前句と合わせて、


1)物うりの尻声高く名乗すて      来
2) 雨のやどりの無常迅速       水


意訳すると、


物売りが商う品の名を、語尾の音程を高く云い放って、
 にわか雨に雨宿りしていた軒下を、世の移り変わりの速さを象徴するように立ち去った。


でしょうか。


野水は「名乗すて」の響きに「無常迅速」で応答した、というところでしょうかね。


ひとときの雨宿りを終え「尻声高く名乗すて」て去ってゆく「物うり」の姿に「人の世の移り変りがきわめて早いこと」を、重ねた。


ここは、


世の中はさらに時雨のやどり哉  宗祇

│よのなかは○○│さらにしぐれの│やどりかな○○│


世にふるもさらに宗祇のやどり哉  芭蕉

│よにふるも○○│さらにそうぎの│やどりかな○○│


という、宗祇、芭蕉の時を超えた唱和をふまえた付けであるのは、いうまでもありません。


1)物うりの尻声高く名乗すて      来
12) 加茂のやしろは能き社なり     蕉


から、


1)物うりの尻声高く名乗すて      来
2) 雨のやどりの無常迅速       水


への展開ですね。


「物うり」と「加茂のやしろ」によって描き出された庶民の生活は、そこに「無常迅速」を観取する者の詠嘆へと、変化しました。


師である芭蕉の有名な時を超えた唱和をふまえた付けですから、去来はおおいに共感したでしょうね。「名乗すて」から「雨のやどり」の発想を、嬉しく思ったことでしょう。