歌仙「霽の巻」の句解を試みました。(その10) | ouroboros-34のブログ

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句解10霽・蕎麦

  つゆ萩のすまふ力を撰ばれず(前句再出)
  蕎麦さへ青し滋賀楽の坊     野水

露と萩の取り合わせも俳人の好みに合っているようです。もともと和歌のテーマのひとつで王朝の歌人の好んで扱った題材でした。ところで今回は前句「つゆ萩」に付けた「蕎麦さへ青し」の句を採り上げます。

この付けは? 「蕎麦」に「つゆ」はつきものでしょう。は、は、は…冗談がキツい。
いやホント。そうかもしれませんね。芭蕉もさかんにオヤジギャグを飛ばしています。もともと「俳は滑稽」でしたから。

「滋賀楽の坊」は、「信楽の坊」。「坊」を安東次男は「商人宿にひとしい寺と見ておけばいい。」と称していますが、レンズのピントを望遠に切り替えたカットと見たほうが良い。
「信楽焼の里」の光景です。坊は「房(部屋)」ではなくて有名な生産地全体。
坊:①方形に区画された土地。まち。②僧侶の住処。③皇太子の居所。④僧侶。
房:部屋。

野水の季「秋」の短句の解はこうなります。
———萩? 蕎麦はまだ青いよ、ここ、活気あふれるしがらきの里。

信楽焼(しがらきやき)は、滋賀県甲賀市信楽を中心に作られる陶器で、日本六古窯のひとつに数えられます。「狸」の置物で有名ですね。以下ネットよりコピー数行。
信楽特有の土味を発揮して、登窯、窖窯の焼成によって得られる温かみのある火色(緋色)の発色と自然釉によるビードロ釉と焦げの味わいに特色づけられ、土と炎が織りなす芸術として“わび・さび”の趣を今に伝えている。将軍に献上する新茶の茶壷に使われ、大名にも重宝された伊賀焼と隣接している。

野水は、この芭蕉と縁のある伊賀が頭の片隅にあったのかもしれませんね。それはともかく、「蕎麦さへ青し」の「さへ」の意味に学者たちは悩みました。

「…古注では信楽を任意に思いついた地名と先ず見て、信楽は知られた茶どころだからそれとくらべて「蕎麦さへ青し」と作った、といずれも解している。
「「このゆふべ」の歌にも、萩がまだ綻ばぬ青萩だとも、気付いていない。」と安東次男はいう。
彼が誇らしげに、自分が諸賢に先駆けて見つけてきたと言う「このゆふべ」とはなにか。前句〈つゆ萩の〉を芭蕉が作った際に「このゆふべ秋風吹きぬ白露にあらそふ萩の明日咲かむ見む」(万葉・巻10)からの本歌取りだということにだれも気付いていないし、「萩」が「青萩」であることもオレの卓見だといっているのです。

なんだか芭蕉の俳句にケチをつけている付け方が見当ちがいだし、「青萩」という新解釈も、無理に「さへ」の帳尻をあわせようとしているのです。
枯れてゆく萩とまだ育ちゆく青い蕎麦の比較、やがては蕎麦も枯れてゆくが…とみればごく自然な感懐の「さへ」と解釈されると思ったのでしょうが、そんな枯淡な感慨にひたるような年代ではない。若い俳人の酒盛りの最中なのです。

更に連句のルールから、「付け」は付け、解釈まで前句にさかのぼることはないのです。「さへ」は「までも」なのです。
———信楽焼のさとは、なるほど、麦までが勢いがありますな。
シガラキ焼の里は産業の中心地。イキオイがあったのですよ。それを麦を介して讃えている、その「さへ」なのです。

さて次は  朝月夜双六うちの旅ねして     杜国 

連句はひとつ解釈をとんでもない方向にとると収拾がつかなくなります。それが一番あらわれているのが、この霽の巻だと思います。幸田露伴もそういう意味でこの巻の評釈が一番面白い。

この杜国の付けはどうでしょう。杜国は米屋さんですがコメの空売りがバレて、のちに死刑宣告を受けることになるご詮議があるのだろうかという時分ですから、心中穏やかでない。

われわれの心配はコロナウイルス。コロナウイルスには注意しましょう。