卯年の春が終わった。
やっと終わった。
ことしは酉年。世間並みの干支に戻れた。
お節に千切りキャベツはそぐわない。
蒲鉾にごまめ、昆布巻きにハスの酢の物、どれをとっても甘藍そのものに合わない。第一、〈甘藍〉は夏の季語だ。
甘藍の千々切らるるもなほ序あり ウロ
夏の蔬菜が新年に登場した理由?
忌々しいがそれをこれから語ることになる。
暮れから家人は忙しかった。
美容室の書き入れ時である。ここで客を呼び込めなければ通年赤字となる。ビューティサロンという名の修羅場だ。
お節は「あっさり」から「こってり」へ、純和風から洋風に、口が変わってきている。トンカツや空揚げ果ては焼き鳥の串がお重の定番となって久しい。当然キャベツの千切りが無ければレシピがオカシイことになる。
諸般の事情はあれど家人は何とそのカンジンなことを「忘れた」のだ。
諸兄姉よ、そうではない。
逆だ。唐揚げのほうを忘れていたのだよ。キャベツの千切りは山のようにできている。
お重が例年より三重ね多かったためでもある。北京料理の《シンセラ亭》から中華重を初めて取ってみたのだった。
これから二十行は心覚えとして記録するので諸賢におかれては斜め読みを推奨いたします。
清蒸有頭明蝦/大エビの姿蒸し
清蒸鮮真鯛 /真鯛の姿醤油蒸し
特式冷鮑魚 /特製アワビの冷菜
炸蝦泥鶏片 /鶏肉とエビのすり身アーモンド揚げ
冷拌海蜇皮 /クラゲの冷菜
芙蓉蟹捲 /カニ肉入り卵焼き
凍子海鮮 /海鮮ゼリー寄せ
煙燻和牛舌 /牛舌燻製
冷白片肉 /豚バラの薄切り冷菜
XO拌章魚 /タコのXO醤和え
干貝焼売 /干し貝柱入り特製しゅうまい
醤瀑石斑魚 /マハタの甘味噌煮
蕃茄牛腩肉 /牛肉のトマト煮込み
特式醤鶏捲 /特製鶏モモ肉の醤油蒸し冷菜
炸百貝豆腐 /雪菜と台湾押し豆腐の香り炒め
腰果烹小女子/小女子とカシューナッツの香り炒め
糖醋漬素菜 /野菜の甘酢漬け
爚冬菇冬筍 /干し椎茸と冬筍の醤油煮込み
蓮子泥栗子 /ハスの実の栗きんとん風
素炸糯米捲 /おこわのゆば巻き揚げ
以上20品目三段重ね ¥27,000.
ウロは風邪で寝込み、食ったのは真鯛の姿醤油蒸しだけだった。
奇跡的にこれは誰も手を付けていなかった。
理由はただひとつ、味が淡白で肉をせせる努力が報われないということだ。
老人は病み上がりの身ながら真鯛の骨一本いっぽんをしゃぶる。猫と喧嘩しながら丁寧にしゃぶる。
食べ盛りのふた組の客人のまえから料理はあらかた無くなった。
――キャベツのやまを残して。
朝のサラダはトマト、ピーマン、バナナ、リンゴ、チシャ…からキャベツ一色になった。
昨日も今日も、ウロは兎のように千切りの小山に向かう。
どのドレッシングを試してみようか。イタリアンか、サザン風?味噌味?胡麻風味? 苦しみを喜びに変える工夫は、いつだって生きる楽しさに違いないのだ。
ウロは挑む。頬を膨らまして仕事のようにひたすら咀嚼する。
松の内十日間、ウロはひたすらウサギであり続けた。
今年は卯年で酉年ではないよ、キャベツの年でこそあれ唐揚げの年ではないのだよ。
ウロはウロウロ詐欺に徹して自らを欺き続けた十日間であった。
賀状34枚はいずれも酉年のイラストが躍っている。
酉年っていいなあ。
奥歯に挟まった千切りの最後のひとつを黒文字でせせりだして朝の空気といっしょに飲み込んだ。
葉脈のあふち裂けしか福寿草 ウロ
あふち…煽(アオチ)風が吹き上げること。
福寿草が花のあと葉が切れ込むのを悼んだ。ウロもなにかがブチ切れた、ってとこかな。
すきま風ひとり愚痴ルが松の内 ウロ