ホテルは朝食つきである。
時間になると一階の談話室のとなりのダイニングルームに、ルームサービスを頼んだ人および夕べ飲みすぎた人以外はみんな降りてくる。ルームキーをテーブルの上に置く。食事によそから来る人もいるので宿泊客としての身分証がわりに、そうする。
朝食はバイキング形式である。
なんたって、こちら、バイキングの本場だ。
搾りたての牛乳、いろいろなジュース、スープ、サラダ、ハム・ソーセージ、いろいろな種類のパン、コーヒー……
いまの日本では当たり前になったが、当時のわれわれにはたいへんなご馳走だった。
どれも例外なしにおいしかった。だからといって何回も取りに行くのはさすがに気が引けた。かといっていっぺんに山盛りも気が咎めた。
ここでは摂食も文化だった。
東洋の一島国人はとにもかくにも意地汚く飢えていた。
隣に立って物色していた婦人が「ゆで卵」を取っていった。
料理テーブルの真ん中あたりにぬいぐるみのニワトリが置いてある。
ちょっとした「朝」を演出する飾り物だと思っていた。昨日は気にもとめなかったのだが鶏の形のふとんが保温籠になっていて、ふたをもち上げるとなんと大好物のゆで卵が並んでいた。
テーブルに戻り、角にこつんと当てて殻を剥く。
なんでもないようなことだったがこれが問題だった。
ゆで卵はそれまで固ゆでが普通だった。黄身が黒ずんでいたりするがとにかく黄身も白身もあがりはしっかりしている。――ニホンでは。
ところが殻を全部むいてしまうとぐにゃぐにゃで形が決まらない。掴んでいるところから変形して崩れ落ちそうになる。慌ててかぶりつくと黄身があふれて流れ出した。口回りも手もテーブルのうえももう大変。なんとかナプキンで収めたが……
食べ方に何かコツがあるらしい。さて西洋人はどうするか。
研究は観察が基本だ。
次の日、ニワトリのふとんカバーを持ち上げた被検者のひとりに目星をつけ手元をそれとなく目で尾行する。――な~るほど! 犯跡を残さずゆで卵を完全処理する手口はじつに巧妙であった!
エッグスタンドがこの際重要な役割を演じる。
エッグスタンドは卵置きではなく卵立てだったのだ。割れないように保つホルダーでなく割るために使うツールだったのである。
卵をスタンドにたてたまま手元に引き寄せる。
ナイフの刃を横向きにテーブルに水平に保ち卵の上方四分の一あたりをコツコツと当てながらエッグスタンドごとすこしづつ水平に回す。
ひとまわりすれば殻は「本体」と小さな「ふた状」に分かれる。
おもむろにふたを外し、スタンドに鎮座している壺状の殻からトロトロの黄身をスプーンですくう。
これが西洋人の食べ方である。食べ終わった殻は本体とふたの二個だけである。
何十個にもこまごまと砕けた殻の山になるニホン式とくらべて実にきれいでスマートである。
なーるほどねえ。
ゆで卵は半茹でよりもとろとろ三分茹でのほうがはるかにうまい。
え? みなさんはご存知でしたか……
‘69年11月9日はじめての海外でのはなし、さかのぼる47年まえのはなしである。
対ドルレートは1970年まで固定制で次の年から変動レートになる。その後の経済復調は驚くばかりで110円にまでなった。――というムカシのはなしである。
名目レートを実体レートに変えたくなる自尊心がいまだ芽生えるべくもない昔のハナシである。
現代の皆さんには「取説」は不要でしたかね。
「デノミと鶏卵」という小論文を書きたくなるような事件であった。
Mrs. Katuko Larsen,
Vigerslev Vaenge 24, 2500 Valby, Copenhagen, Denmark
なんとか訪ね当て勝子さんのアパートらしい団地に辿り着いた。
こちらをチラチラうかがっている様子の少年がいる。ジミーだ。
出迎えを勝子さんに言いつかっていたのだった。
おずおずと寄ってきてこっちのほうだという仕草をする。日本人とデンマーク人の混血はかわいい。とてもいい顔立ちをしている。
五階建ての集合住宅。地上階は共有スペースでその三階だと教えてくれる。へやは当時住んでいた公団住宅の三倍ぐらいの広さだった。
姉のニーナは不在。父親のトルステンさんも不在、昨日からヨットに寝泊まりしているとのこと。自家用のヨットの世話が趣味なのだそうだ。ジミーの見た目は華奢だがJudo(柔道)と乗馬をやっている。ニーナは優秀な子でのちに六月の卒業式に全校総代で祝辞を述べ創立記念日にはKimono(和服)を着たと後日の手紙にあった。
自慢の子供たちだ。
「トルステンの名前はこちらでは男性名としてとても多いですよ。
北欧神話のトール神(ソール神)に由来するんです。トール神は雷神で武器として槌(トールハンマーという。稲妻のこと)を持ち、春の神・農耕の保護神なのです」と勝子さん。
「日本だと農耕神は季節によって分担していて、春は佐保姫といって女神ですねえ。秋も女神で龍田姫。春は霞で秋は紅葉ですから」
「――トールの石(Dorsteimn)でトルステン(Torsten, Torstein)です。英語になるとダスティン(Dustin)。――木曜日は〈トールの日〉です、ほら、” Thursday”」
カミナリが英語でサンダーだ。トール・ヘイエルダールって名前を聞いたことがあるぞ、なにをしたひとだったか。
そういえば雷神風神は神とは言い条、実態は鬼だ。
西洋では神の下はすぐ人間だが、ニホンはあいだに鬼がある。日本人は神とは親しくないが鬼とは実に親密な関係だ。
諺もお伽噺も、なべて倭国の民俗は鬼なしでは語れない。
昼食まで居間でテレビジョンを見る。ジミーはぼくにくっついて回る。人懐っこい子だ。離れようとしない。共通語は英語だ。こちらのひとはみんな英語が達者だ。
TVには心底驚いた。
デンマークは性の先進国だと聞いていたが、なんとホームドラマを全裸でやっていた。男優も女優も一糸まとわぬ姿で公開放送で、である!!
いっしょに観ていたジミーにどう思うか、と訊いてみると、Why not ! と質問の意味がわからないみたいである。非常なショックを受けた。これが当たり前なのだ。
ネイケッドハンマーは、こりゃ、ションベン小僧にパンツを穿かせたがる倭国人によく利いた――のでありますよ。
勝子さんの手料理の昼食は親子うどんだった。洋食にそろそろ飽きたでしょうからという心づかいがありがたかった。
「ジミーは日本人が来ると喜ぶんですよ。練習にもいかないでさぼるんですよ」
特に日本人が好きというわけではなくて和食が食べたいのだそうだ。デンマーク食は味も大雑把でごてごてと見た目もわるい。日本食はすっきりしているし美味しい、日本人が来ると和食が食べられるので喜ぶのだそうだ。
親子に載っている目玉をみて、ホテルの卵を思い出した。
親子の卵もとろとろだったのだ。
とろとろがおいしいのは洋の東西を問わないのだな。ただ西は食卓塩でモロに喰うが東は丼に載せるとか鋤焼きにまぶすなりして食う。和食の繊細なセンシビリティがここに露呈していると総括するのは少々買いかぶりかな。身びいき過ぎるかな。
「どうぞ、啜り上げてください。音をたててかいませんから」と勝子さんに言われたときは別の意味で驚かされた。
外人は摂食の音を下品だとする。
江戸人は蕎麦はほとんど噛まずにすする。啜り上げる音は大きいほどうまそうに見えるとしてその仕草が落語では名人芸にさえなっているわがくに。
ドイツ人は鼻をすする音を極端に嫌う。物が軋る音と同様に嫌う。この嫌い方は物凄い。
「すする」は食文化のひとつだ。「かむ」「くわえる」「すする」「のむ」いずれも和食を「味わう」に欠かせない必須メソッドだと思う。
すする食べ方は外国には無い。
〈音をたべる〉のもニホン独特のものなのだ。
たくわんバリバリ、茶漬けサクサク、……音がしないものは「音」を想像してたべる。蒲鉾モグモグ、チューインガムくちゃくちゃ。
馳走は味、香りそして音なのだ。
勝子さんは和食文化の特徴をいみじくも指摘された。
「欧米人は音を殺すけど日本料理は音を生かすんですよね」と勢い込んで言ったがすこし飛躍しすぎたか勝子さんに返事は無かった。
寒卵不殻本にして啖ふ哥本
健気にも俳句のつもりである。
「不殻本」……読み、ポコペン。中国語由来のニホンゴ。ダメ、ぺけの意。
「哥本」……読み、コペン。哥本哈根 コペンハーゲン(中国語)。
茹卵殻不坏好了冬陰天在哥本里
賢しげに漢俳のつもりである。
タクシーを駆って三人でクロンボーKronborg castleに行った。
ハムレットのエルシノア城である。このあたり、屯していたイタリア人の少年少女のグループが「ジャポネス!ジャポネス!」と珍しがっていた記憶だけしかない。ジミーも外人から見ると日本人に見えるのかもしれない。
道みち勝子さんは独自の子育て論を語った。ユニークな教育論として感銘を受けたがもう思い出せない。惜しいことをした。
翌ひはHBHに顔を出しSOLISから届いた「合意文書」にサインし握手してコペンハーゲンにFarevel ! (サヨナラ!)した。
くだんの「褌」は人目があってとうとう捨てることができなかった。
不本意ながら土産のオルゴール〈人魚姫の像〉のパッキングにした。台座に座った陶製のマーメイド像が欠けないように褌を五本とも使ってぐるぐる巻にした。紐が大いに役に立った。オルゴールの引き紐をひくと♪Wonderful Copenhagen ♪ とくぐもった声で鳴った。
これなら「関所」も怪しまないはずだ。脇に出ている紐をひいて聞かせればいい。かえってヘンかな?
越えもせむ越さずもあらん逢坂の関守ならぬ人なとがめそ
蛇足ながら注釈をつけると、
「越えもせむ越さずもあらん」は「越中」のこと。「逢坂」は欧州の北上地方を指す。「関守」は文字通りセキュリティの意訳。
――空港の出国管理のひとよ。どうか越中を咎めないでおくれ。オスカー(「逢坂」の掛詞として)の長いメニューの店のクローク(「関守」同様)だって咎めなかったのだから。
和泉式部さんごめんなさいね。貴女の誉れ高い秀歌をパロディで汚してしまいました。返歌というもおこがましいが、
銜尾蛇も尻込みしはる穴賢
銜尾蛇(ガンビダ)…ウロボロスの通称。
ウロボロスはあらゆる生成を胚胎する未分化の混沌を象徴する。
穴賢…「あなかしこ」と掛詞。私製季語。
「しはる」…逢坂弁。空想の季語として。
3年後HBHから夫婦で招待されてコペンハーゲンを再訪している。
仕事を離れた経費向こう持ちの観光旅行であった。
季節も九月、豪華な五日間を楽しんだ。
――はじめての海外出張がコペンハーゲンだった1~11・終――