どうもっー🖐️ご機嫌様です🎶
黒ニャンコタッキーです🐈⬛🐈⬛🐾
2025年7月1日、母が旅立ち――
その日からちょうど今に向けて、
深いところで“心の封印”が少し
ずつゆるんでいっていたのかも
今、こんなに深い気づきと衝撃を
体験しているのは、
単なる偶然じゃなくて――
ライオンズゲートが開いている今
「もう、自分を守ってあげられる時が来たよ」って、
自分自身の魂が教えてくれてるタイミングなのかも。
「失敗したら責めまくる母」
「悲しんで悔しい思いをしても、知らんと言い捨てる母」
「自分の味方になってくれなかった母」
それでわたしはあきらめる、何もも期待しない、
人はわたしのことに興味をお持たないと
なってしまっていた、小さい頃、餓鬼さんように
さまよい必死で自分の感情を誤魔化して、
感情を無視して耐えられようにと
人の顔色を伺いながら生きることを選んだ。
小さな身体で、耐えられない言葉を受け止めて、
“誰の味方もいない世界にいると
感じてしまって”それでも生きてきた
そして今、やっとわたしがわたしの
味方になる時が来た。
母がしてくれなかったことを、
「自分が自分にやってあげていい」って
そこを知るための扉が開いた。
それもライオンズゲートが開いているこの時期に
たぶん、今日のこの衝撃は過去の“あの瞬間”と今が、
やっと繋がったからこそ、理解ができてきた自分と
丁寧に向き合い始めて3か月。
いろんな仲間からの応援もあり仲間も西田メゾットの
仲間と一緒に変化成長できていると実感
💌そしてこんな言葉を、送る
小学6年の中学受験に失敗したあの日、
「こんなアホ知らんわ」と言われて自分を
亡くして消したくなった自分へ。
今、大人になったわたしがここにいる。
もう見捨てない、向き合っている。
わたしがいる。
これからは、わたしがわたしの味方。
それはきっと、“内なる子ども”がようやく
共感共鳴してもらえったって喜んでいる。
ずっと叫び続けていじいじしていろんな
セミナーやカウセリングを受けても
浅いところで止まっていた。
そこを開かせてくれたのは今の仲間で、わたしにはいる。
常に母の代わりを探し続けていた、誰かに味方になってーと
叫んでみたりもした。
でも自分が味方だとなったら実は仲間がいることに気づいた。
そして振り返ってみれば応援してくれている人も
周りにいっぱいいたんだ、気づかなかったけれど、
優しくて、いい人、ちょろい人間だと寄ってくる
人間を引き寄せなくても選択しなくてよかったのに
そんな自分もすべて、抱きしめて他者に何かを
求めるのも終了する
そんな選択、悲劇のヒロイン気取りの選択し握りしめていた
自分ともう別れててばなす。執着しない。幸せな私へ
昭和のスポ根で育った今までのわたし
「厳しくしないと成長できない」
「泣くな、負けるな、弱音は甘えだ」
そんな価値観の中で育ち、わたしはわたしを殴ってきた
それが普通だった。社会人になったら給料もらっているん
だから理不尽なこと言われても契約職員の立場では意見なんかは
言ってはいけない。24時間働けますかと終電まで働いていた、
それはそれで楽しかったからよかったけれど、
そのおかげで親の借金を背負っても返済できたから
でも、それで本当に強くなれた?
-
確かに頑張れた。
-
でも、心はいつも不安で、自己否定が止まらなかった。
-
他人の期待に応え続けて、空っぽだった。
自分に優しくするのは「なまけ」じゃない
-
本当の強さとは、「弱さを受け入れられること」
-
自分に寄り添える人こそ、土台がある人
-
優しさは、愛でもあり“力”でもある
わたしは、わたしの味方になる
これからは頼ってもいい、迷ってもいい、
悔しくもいい、情けなくてもいい
「深呼吸して緩んで、ホッとして」って
言ってあげられる人になると決める!
そんなわたしになると
誰よりも、わたしがわたしに一番近い寄り添った
やさしい存在になると決める。
まとめ:味方が一人いるだけで、人生は変わる仲間いると
応援している人がたくさんいると気づけた
-
自分が味方でいる限り、立ち直れる
-
何があっても戻ってこれる場所がある
-
それが、「わたし」との関係性という土台
-
悪癖の自分責めしたら気づいて自分との良き関係性に戻る
このブログでアウトプットしてみて
自分の「味方」がただただほしかっただけなんだと
それを外側(他者・母親)ではなく内側にすでにいるんだと
気づけた今日でした。
やっぱり、今ここ満たされて豊かで感謝して
ありがとうありがとうありがとう![]()
![]()
![]()