9月17日
9月18日
2泊3日で
夫と二人で付き添い
なにせ今まで
伯母一人暮らしの家
何もない
当日分だけの食材を買って
湯沸かしポットがあるので
飲み物は作れる
テレビもない
ラジオもない
布団もない
そんな状態で
伯母は相変わらず
眠ったまま
午前中に
ヘルパーさんの訪問
昼過ぎに
看護師さんの訪問
夕方
ヘルパーさんの訪問
ほとんど変化なく
9月19日上の義妹
9月20日下の義妹
と交代制は続き
9月21日
9月22日
2泊3日で
また
夫と二人で付き添い
ちょっと
弱ってきている
浅い息
↓
深い息
↓
浅い息
↓
無呼吸
↓
浅い息
↓
深い息
↓
浅い息
↓
無呼吸
の繰り返し
多分かなり弱ってるなあ
OTSURUは
看護師資格のある実妹から
死期が近い時の話を
教えてもらっていた
その中に
下顎呼吸になること
泥状の便が出ること
22日の未明頃
下顎呼吸とみられるような
呼吸をしていた
驚いたが
またいつもの呼吸に戻った
22日昼の
看護師さんの訪問時
倒れてから
ほとんど便が出てなかったが
「泥状便が出てます」
と言われた
看護師さんと
「そろそろかもしれないですね」
と顔を見合わせた
夕方のヘルパーさん訪問時
「泥状便がかなり出ました」
「そろそろかもですね」
呼吸は
深い息が減り
浅い息
↓
無呼吸
を繰り返すようになった
夫にそれを伝え
今晩、かも・・
わからないけど
(だいたい夫は
なかなか伯母の様子を
間近で見ようとしない
なんか男って
そういうもの?
でしょうなあ)
日付の変わるころまで
ずっと見ていたが
大きな変化は
なかった
義妹たちとLINEで
様子を報告
「寝ないと持たんぞ」
とにかく横になるかな
9月23日
午前2時30分
伯母は生きていた
午前4時20分
あ、寝ちゃった
と思い
伯母を見た
ちょっと顔色が違う
胸の動きがない
息をしていない
顔を触った
冷たい
腕がちょっと固い
とうとうその時が来た
来ていた
夫にすぐ
「おばちゃん息してない」というと
夫は
「もう一回確かめろ」
「うん」
落ち着いて
もい一回確かめた
息をしていない
脈もない
顔は冷たい
もしかして
最後に見た
午前2時30分直後に
息が切れたかも
でも
身体は暖かい
ごめんね伯母ちゃん
「その時」そばにいなかったよ
ごめんね
夫も確認
「うん、息してないな」
ここからの手順は
ノートに書きこまれて
何度も何度も
確かめていた
とにかくすぐに
看護師さんに電話
午前4時25分
「伯母の息がありません」
「呼吸が止まっているのですね?」
「はい。脈も感じません」
「わかりました。
すぐに向かいますが
先生は少し後になります
とにかく看護師だけで行きますね」
電話を切って
義妹にすぐLINE
夫と打ち合わせ
午前5時15分
看護師さんが二人で訪問
「先生はちょっと遠くにおられて
7時過ぎでないと来れないと思われます」
といわれ
看護師さん二人で
伯母の部屋へ
呼吸
脈拍
血圧
瞳孔
その他
確認しながら
診察していただいている
OTSURUと夫はちょっと離れて待機
しばらくして
看護師さんが来られ
「先生の診察がまだですので
確定しませんが
亡くなられています。
よく頑張られましたね。
午前5時15分に確認したので
この時間が死亡時刻になります。
これから先生に、連絡いたしますが
先生の許可が出たら
死後処置を始めることが出来ますが
先生を待たれますか?
それとも、すぐ処置を始めてもよろしいですか?」
と聞かれ
「先生の許可が出れば、処置を始めてください」
とお願いした
看護師さんは先生に電話をされ
先生の承諾の元
死後処置が始まった
亡くなったらすぐに着替えさせるための
洋服を準備しておくように言われていたので
ベッドの横には伯母が外出の時着ていた
きれいな洋服を
義妹が見繕って置いておいてくれた
「これでお願いします」と伝え
伯母から離れた
忙しい一日が始まることは予想できる