榊原康政の墓(館林市)、徳川義季公累代墓(太田市)とはしごして、このドライブの最後は新田氏累代の墓。
円福寺(太田市)は新田氏4代目である新田政義が鎌倉時代に創建したと伝えられる古刹です。
昭和56年に発掘が行われ、墓地は現状のようになりました。中国製骨蔵器、建武5年(1338年)銘の板碑、北宋銭、経石、仏具などが発掘されているそうです。
鎌倉中期から南北朝時代頃の新田氏の墓です。
特に注目は奥から2番目にある五輪塔。この五輪塔には
沙弥道義七十二。元享四季。などの文字が見えます。
沙弥道義は新田義貞の祖父新田基氏だそうです。解説板に法名とあります。調べてみたら「沙弥」は在俗出家した武士が沙弥西仏、沙弥行心のような法名を持つ例があるそうです。在家出家した武士の道義さんという意味でしょうか。
1324年に造立された新田基氏の五輪塔です。高さ1mくらいだったと思います。
※ 新田氏累代の墓は茶臼山古墳のふもとにあります。