何もかもが私の行き過ぎた行動で無駄になってしまった。そんな虚無感だけが私を包んでいる。
「とにかくもう話す事は無い。黙って帰ってくれ。頼む」
「…… 」
最後は懇願にも似た言葉を聞いて、これ以上の話は無駄だし、これ以上話せばもっと最悪の状況を選択してしまいかねないと判断した。
「……分かりました。本当にいきなり押しかけてしまって申し訳ありませんでした… 」
そう言って深々と頭を下げた。その時、ふと最後の抵抗を試みようと考えてしまうのは本当の意味で私の悪癖だ。
私はすぐに車へ駆け寄り中からメモを取り出した。そして、そこに木下幸代さんが入院している市立病院と住所を書き殴って再び彼のもとに駆け寄る。
「私もこれが最後の仕事です。捨てられたとしても仕方の無い事だとは思いますがこれ… 」
「…… 」
洲本啓二はそのメモを黙って受け取った。そしてそれが私と彼の最後の会話だった。
帰りの車内でじっと考える。何がいけなかったのか。勿論、私が先を急ぎ過ぎた事が原因の大半を担っている事は間違いないだろう。当然、アプローチの方法も。
とにかく時間が無いという焦りに押されてしまい、慎重な判断が出来なかった。うわべだけの結果を見れば、リクエスト通り洲本啓二の行方を突き止める事は出来たし、彼が家庭を持ち仕事に邁進している姿を言葉では無事に報告出来た。
しかし、木下幸代さんの気持ちに立ってみれば、実の子に会いたくない母親はいない筈だ。叶うものならどんな形でもいいから、立派に成長した彼の姿を見せてあげられるのが最良ではなかったのか。
「ふぅぅぅ… 」
どうにもやるせない気持ちになってしまい、思わずため息が出る。運転している自分が馬鹿馬鹿しくなってしまい、このままでは危険だとどこか車を駐車出来る場所を探した。
すると、来る時にも見た筈だった川沿いの桜の木を見つける。何かしたから気持ちが落ち着ける訳でも無い。少し外は寒いが、目の前に広がる美しい桜でも眺めて一度頭の中を空っぽにしてみようと考えた。
川の中央ほどまでに枝の伸びた満開の花弁に、下には黄色い菜の花の絨毯が敷かれていて、妙に見惚れてしまう私。
1年の中でも、こんなに儚くも美しい2色が視覚に訴えてきてくれるのは、きっと今だけかも知れない。もしも案件を抱えていなければ、どこかでちょっとした弁当でも買ってきて、のんびり夜桜見学とでもいきたい気分だと苦笑いしてしまう。
風が吹く度に、揺らされた枝から少しの花弁が空中に舞っていく。耳に入ってくるのは川の潺と風に揺れて擦れ合うる枝の音だけ。
この仕事を長年続けてきて、色んな人生模様を目の当たりにしてきた。決して綺麗事ばかりじゃなかったし、眉を顰めてしまうような争い事だって沢山見てきた。でも、誰かの人生が終わるかも知れない時期に立ち会うのだけはそう経験がある訳じゃない。
だからと言って「経験不足」で済む話じゃない。私達はプロだ。必ずしも結果が良好なだけの仕事では無いが何らかの形で関わった人達に喜んで貰えなければ意味が無い。
そんな事を考えながら土手に座っているうちに、ほんの一瞬だったが眠ってしまっていた。
(続く)
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