2011.3.11 あの日から教わったこと | OTPLUS*a |作業療法士・アロマセラピストのブログ|

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「アロマテラピーで未病と向き合う」「アロマテラピーで健康づくり」「医療・介護とアロマテラピー」などの
講座やワークショップを行なっています

東日本大震災から今日で9年が経ちます。
あの日、みなさんはどんな1日を
過ごしていましたか。


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当時は急性期病院に勤務しておりました。
いつものように慌ただしく午前中の
外来患者さんへのリハビリを終えて
午後は比較的ゆったりとした時間の中で
入院患者さんのリハビリをしていました。

 
肩を骨折した高齢の女性を
担当していたと記憶しています。
入院中は歩く距離が少なくなりがちなので
平行棒を使って歩いていただいていた時
大きな揺れがやってきました。
渦流浴用の浴槽の湯が
ザバザバと溢れてくるのを横目に
なるべく平静を装い
すぐ椅子に座るよう声掛けをしました。

 
長い揺れがおさまり
「すごかったね」と声をかけると
「何が?」と言うのです!
「あなたがいたずらして
   平行棒を揺らしてたんじゃないの」と!
 

当時勤務していた病院の建物は
「免震構造」といって
一緒に揺れながら衝撃を吸収する
というものらしく
例えば震度5の揺れならば
建物内にいる人はそれ以上の
揺れを体感していたのだと
後から知らされました。


他にも地震に気がつかない方が多くいて
リハビリセンターでは
混乱もなく静かなものでした。
大きな揺れに全く気がつかない
お年寄りの「体感」に驚いている間はなく
施設内の安全性を確認しながら
患者さん達を無事に病室へ送り届けました。

 
患者さんを目の前にして
私も気を張っていたのでしょう。
それから急に膝がガクガクと
震えだしたことをよく覚えています。
 

さて、翌日以降というもの
さすがに外来患者さんのリハビリは
開店休業状態でした。
いち早く被災地に入る医師や
看護師達の姿をニュースで見るたび
「セラピストなんて無力なものだ」
痛感させられました。
被災地の映像を観ながら
「呑気にリハビリしてる場合なのか」
自問自答が続きました。
 

そんな中で始まったのが
あの「計画停電」でした。
病院は自家発電で電力を維持するのですが
それも必要最低限の部署のみ。
リハビリセンターは小さな照明がつく程度で
すべての訓練用機器は使用できません。
病院内でも優先順位が低いものだと
ここでも改めて無力感を味わいました。


職員は入院患者さんの食事の提供に
影響が出ないよう、食堂を使わず
自主的に昼食を持参していたのですが
それを知ってか知らずか
私が担当していた患者さんが
お弁当を作って持って来てくれました


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お弁当をありがたくいただきながら
無力だなんてふてくされたって仕方ない
今できることをしようと思いました。
普段は次から次にやってくる
患者さんの対応に忙殺されて
先延ばしにしていた
事務作業などを黙々とこなしました。

 
そして、停電中は消灯されてしまい
訓練用機器も使用できない状況だったので
外来リハビリは停電していない時間帯のみ
入院患者さんはなるべく病棟で行う
という日々が続きました。

 
外来の患者さんを診ながら
リハビリ通院よりも
もっと他にすべきことはないのかと
思うこともありました。

 
計画停電に少し慣れてきた頃
複数の患者さんたちが言いました。
「停電時にこそリハビリがしたい」
電気が消えてしまうと
家の中のあらゆる事がストップするし
ただ家に閉じこもっていても
いろいろ考え込んでしまい
何をしたらいいのか
分からなくなってしまうから、と。


患者さんたちもいろいろな想いを抱えながら
でも必死に、つとめて
普通の生活を守ろうとしていたようです。

 
停電中は会計等の事務作業も
ストップしてしまうため
事務方の反対もあったのですが
患者さんたちの希望に応えたいと
薄暗いリハセンターでの
外来リハビリを稼働させました。

 
目の前の患者さんたちの
「いつもの生活、いつもの治療」が
続けられるような環境を提供すること
それも私の職務でもあり
自分のすべきことをまっとうしなさいと
患者さんに教えてもらった気がしています。
 

ちなみに、お弁当のお返しに
「装具」(スプリントといいます)を
私の練習、試作品ということで
プレゼントさせていただきました。
彼女は手の神経障害で
親指の筋肉に麻痺があり
回復しないまま、数年が経過していました。
コインなどの小さい物が
うまくつまめない方のための
治療用の装具です。
見事に一円玉がつまめるようになりました。


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いつかきちんと治療法のひとつとして
提供できるまでになりたいと
思っていたスプリント療法でしたが
作製に時間がかかるため、きちんと
取り組めずにいたものでした。
震災直後の患者さんがいない
薄暗いリハビリセンターで
試作と練習を重ねることができたおかげで
後にこのスプリント作製が
私の仕事の一部となりました。