「意見と事実-事実を正確に伝えるためには-」 3回に分けて連載します。
これはわたしが受講生のトレーニング用に作ったもののうちの一部です。
特に市販されている問題集では取り上げられていない分野で訓練が必要なものは自分でテキストをつくっています。
「意見と事実-事実を正確に伝えるためには-」 その1
物事を記録したり報告したりする文章は、事実を正確に伝えることを主目的としている。
また、自分の意見や主張を述べる文章においても、対象とする事象、あるいは具体的な事例など、事実を述べる部分はかなり多いはずである。
そして、それらの事実は、書き手の解釈や意見とは区別して書くことが必要とされる。
ところで、事実と意見とを区別するというのは、なかなか難しいことである。
この区別を最も厳密な意味で問題にするのは、法廷での論証などの場であろうが、日常生活の中でも、両者を区別することが必要になることも多い。
例えば、〇〇駅の改札口で午後一時に「彼」と会うことになっていたが、時間になっても「彼」が現れない、という場合を想定してみよう。その時、次のように言ったとすると、その中でどれが事実を述べた文で、どれが事実を述べていない文だろうか。
①彼はまだやって来ない。
②彼は約束を忘れた。
③彼はうそをついた。
④彼はうそつきだ。
こうした区別はかなり微妙なものなので、まず、区別するための尺度を確認しておく。
[事実]… 実証可能なもの。つまり、客観的に確かめられるもの。
[推論]… 知られていることをもとに、知られていないことについて述べられたもの。
[断定]… 書き手(話し手)の好悪の判断(好き・嫌い、よい・悪い、賛成・反対、など)を示したもの。
◎事実と意見
「事実と意見」という場合の「意見」とは、このように推論や断定が加わったものをいう。さて、このように定義したうえで、右の①~④の文を検討してみる。
①彼はまだやって来ない。… 「事実」を述べた文
その時周囲を見回すなどして、「彼」が来ていないことを確かめることができるので、①は事実を述べた文と言うことができる。ただし、「まだ」という語があるから事実なのであり、「まだ」がなければ少々怪しくなる。
②彼は約束を忘れた。… 「推論」した文
「彼」が来なかったことに対して、それを「約束を忘れた」ためだと推測した文である。したがって、これは事実を表した文ではなく、「推論」ということになる。
(なお、電話などで「彼」自身が「忘れた」と言うのを聞いて、それを伝えた文であれば、内容的には事実に近いものになるが、やはりこの表現のままでは事実を述べた文とはいえない。「忘れたらしい」「忘れたそうだ」などの表現を用いるべきであろう)。
③彼はうそをついた。… 「断定」した文
③は、単なる推論ではなく、「彼」が来なかったことを非難する気持ちを表した文、来なかったことを悪いことだと判断していることを表した文であり、「断定」である。もともと「うそ」というのは具体的な事柄ではなく、ある事柄を評価・分類した言葉である。
④彼はうそつきだ。… 決めつけた文
これは、いわば「断定+予想」とでも呼ぶべき文であり、事実からは最も遠いことになる。つまり、④は、「彼」の人柄に対する評価・断定が加えられた文であり、具体性がないというだけにはとどまらない危険がある。「うそつきだ」という表現は、「今後もうそをつくだろう」という予想まで含んでくるのである。
日常生活の中で、右の③や④の表現はかなり用いられているのではないか。「彼は誠実な人だ」「彼は怠け者だ」などの類である。それらが書き手(話し手)の判断であると承知していればよいのだが、それを事実と考えてしまっては困る。「誠実な人だ」「怠け者だ」という言葉は、いわば人間にレッテルをはったようなものであり、その人のすべてを一面的に分類したことになるからである。
「意見と事実」