子どもの知能の正体は記憶力 オトナの知能の正体は決断力 オトナの知能と子どもの知能の正体2 | 母親ひとり親の医療の学校の受験・修学手助けします

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ずばり、子どもの知能の正体は記憶力。オトナの知能の正体は決断力です。

決断力とは物事を勝手に決めることではありません。決断するためには、まず、物事に対する知識がいります。次にその知識を使う能力、経験、訓練がいります。その上でリスクを考えながら決めます。

特に生死・財産管理・事業など失敗が命取りになるときには重いプレッシャーがかかります。能力がすぐれているだけではなく、それに耐えて判断するのがオトナの知能です。

 

それに対して子どもは砂が水を吸うように物事を覚えていきます。それがオトナを誤解させます。

早期教育です。単純な記憶だけ考えると子どもとオトナは比べものになりません。

しかし、知能でいえばほとんど効果はありません。覚えるだけではオトナの知能にはなれないからです。運動・身体能力にかかわることなら確かにこの年齢でやらないとむずかしいことはあります。

ただ、早期教育は虐待に結びつきやすいのです。虐待は悪意だけで起こるわけではありません。むしろ善意の虐待の方が多いのです。特に日本では欧米の基準で虐待だとされることを平気でやっていることが多いです。(塾通いでの夜間の学童の一人歩きは保護責任者遺棄とされます。善意の虐待については詳しくは別の機会に)

 

大脳生理学(脳科学というコトバはいかがわしいのできらい)からすると、記憶はただ保たれるだけではなく、からみあわされていきます。大人になっても学び続ける人はただの記憶ではなく、記憶が結びついてより大きな考え(観念連合)に至ります。この観念連合が概念にいたるときに新しい発見があるのです。学問の世界で年齢・経験が必要なのはこのせいです。

世の中ではフランスのガロアのように成人前に数学史上最高峰の発想をした人もいますが、残念ながら彼のメモは他の普通の学者が読んでもわからないものでした。(まとめる時間がなかったせいもありますが)いってみれば解読されたから業績として評価されたわけです。ガロアの才能は特に数学が広い社会での経験の必要がない世界ですから可能だったのでしょう。

 

子どもの知能がオトナの知能に劇的に変化するのが、ちょうど高校生の時期です。高校に入学してきたとき子ども子どもした子が、見違えるようにオトナっぽく変って卒業してゆく。この3年間の変化は体も心もオトナとしての社会適応に向かうためのものです。この時期に社会適応への経験値を積まなければやはり自立へのさまたげになるでしょう。

この時期、合衆国でエリートを目指す子どもたちは社会活動を通じて経験値を高めていきます。彼らは成績順で選ばれることはありません。成績は当たり前によければいいのです。全米共通テストで大学の足切り基準を超えれば受験資格ができます。それでいいのです。それ以上はハイティーンとしての経験値の高さの勝負になるのです。

トップクラスの大学は日本で言うところの優秀な子ではなく、大学のOBが面接して自分たちの同窓になるのにふさわしい子を選びます。これが本来のAOadmissions office)入試です。

 
続く