僕が死ぬ日・・生まれる日 -84ページ目

僕が死ぬ日・・生まれる日

僕が死んで・・生まれる日までの記録

山田屋の若旦那の真吾はめんどくさそうに義明を見た。


「お前!ここで何をやっているんだ??」


山田屋は老舗の温泉旅館であった。


いくら寂れた温泉街だと言ってもそれなりの歴史はある。


山田屋は江戸時代からこの地で営業をしている老舗の温泉旅館であった。


また、この辺では一番、大きな旅館で毎日のように団体客が訪れていた。


そんな旅館の若旦那の真吾のこの町で逆らう者など誰一人居ない。


まして、義明が新しい仕事を見つけたと悦子に言った仕事場は山田屋の配送であった。


「いや・・妻が産気づきまして!今、分娩室に丁度、入った所なんですよ・・」


そんな義明の言葉に一瞬、真吾の目が光った・・


「ほぉ~あなたの奥さんか!今、分娩室に入っているのは・・」


今から数分前、真吾は医者と喧嘩をしたのだ。


彼の妻は大至急、手術をしなければいけなかった。


しかし、隣町の大きな病院に行く時間が無いほど状態は危険であった。


「俺を誰だと思っているんだ!今、入って居る女を分娩室から引きずり出せ!」


そう真吾はわめきながら医者に食って掛かる!


そんな彼に冷静に医者は言った。


「患者に身分など関係ない!

私の前では全ての人間が平等だ!」と・・


現に悦子の状態も緊迫をしていた。


逆子でへその緒が子供の首に引っかかっている状態で・・・


緊急の手術をするか、しないかでもめている最中であったのだ。


真吾は義明に言った。


「悪いが、分娩室を渡してもらえないか??」と


そんな言葉に一瞬、義明の表情が暗くなる。


「聞こえないのか?分娩室を渡してくれないかと言ってるんだ!」


そんな怒鳴り声が病院の中に響き渡った・・


「しかし、真吾さん!うちの嫁も危険な状態で・・・」


そんな義明の言葉に・・


「貴様の女房と子供の命の重さとうちの子供の命の重さ・・

どちらが重いと思っているんだ!このたわけ者が!」


そんな真吾の言葉に義明は何も言う事が出来なかった・・


「わ・・わかりました!今、担当医に連絡をしてきます・・」


「昔は病院でなんか子供なんか産まなかったんだ!

貴様の子供なんか、病室で十分だ!」


そんな言葉が義明の心に刻まれた・・・


憎しみと言う想いと共に・・


しかし、義明にはどうにも出来なかった。


真吾に逆らうと言う事は、この街を捨てると言うことなのだから・・


義明が担当医の部屋に消えた数分後・・


分娩室の扉が開き、真っ青な顔をした悦子が部屋から運び出される。


それと同時に待機していた真吾の妻が分娩室に運び込まれる・・・


義明は部屋の外に出された悦子の手を必死に握り締めながら泣き叫んだ!


「すまない!本当にすまない!甲斐性の無い男ですまん・・」と


悦子は苦しみながら呟く・・


「良いのよ!あなたの気持ちは痛いほど解っているから・・

仕方が無いわ!

私、頑張るから!頑張って絶対に元気な子供を産んでみせるから・・」


そう呟くと義明の右手をしっかりと握り返した・・・


11時55分・・・


二つの部屋で同時に赤ん坊の産声が上がった!


「悦子は!子供は無事ですか!」


そんな義明の問いに医者は辛そうに言った・・


「奥さん!頑張りましたよ!最後まで・・

お子さんは無事でした・・

しかし・・奥さんは・・力が足りなくって申し訳ございません・・」


悦子は1つの命をこの世に誕生させる代償に自分の命を犠牲にした・・・


それは究極の母性愛なのかもしれない・・


「え・・悦子!えつこ~~~~~~~~~!」


そんな泣き叫ぶ義明の隣で・・


生まれたばかりの可愛い男の子は自分のこれからの人生など知る由も無く・・


笑っていた・・・


静かな病室の中で・・


義明の泣き声と・・


生まれた男の子の笑い声が・・・


悲しい合唱のように響いていた。


「あの野郎!絶対に俺は忘れないぞ!

この日の事を・・俺は絶対に忘れない!」


義明は涙を目にイッパイ溜めながら復讐を誓うのであった・・














人間の人生の物語は、偶然から始まる。


それは全ての人間に言えることだと私は思っている。


そしてその偶然の殆どは、幸せになる為の偶然ではなく・・


不幸になる為の偶然が多い事も私は知っている。


それが人生と言う名の物語だからだ。


1969年静岡県の東部にある寂れた温泉街で私は生まれた。


妙に蒸し暑い日であった。


その日は町の町おこしで行われている花火大会の夜であった。


近くに修善寺と言うとても有名な温泉街があるせいか私の町は殆どの観光客が素通りをして行く。


また、駅から温泉街がとても離れていて電車の客はバスで30分もかけて行かないと


温泉街にたどり着けない不便さも影響してるのだろう・・


修善寺温泉と比べると私の住む町は寂れていた。


その日、町に一軒しかない総合病院の待合室である男がイライライしながら時を待っていた。


そう、我が子が生まれる瞬間を・・


それは私の父・・・


彼の名前は浅田義明、年は今年で36歳になる。



義明は真面目な温厚な性格であった。


しかし、お酒にめっぽう弱い。


お酒を飲むと性格が変貌する。


彼は何度もそんなお酒の席の失敗から職を失った。


そして、今、まさに陣痛を迎えようとしている女が1人・・


私の母親の浅田悦子、28歳


悦子には身寄りが無かった。


修善寺の温泉旅館で住み込みの仲居をしている時に義明と出会った。


そして、そのまま同棲を初めた。


もう直ぐ子供が生まれると言うのに二人は未だに籍を入れていない。


悦子の持つ母子手帳の父親の欄は空白であった。


義明はお酒さえ飲まなければ優しい男であった。


そんな義明のシラフの時が忘れられなくて悦子は未だに彼と別れる事が出来ないで居る。


いや・・自分に帰る家も無い事も1つの理由だったのかもしれない。


義明は居ても立っても居られずに外にタバコを吸いに出る。


ドォ~~~~~~ン!ドォ~~ン!


丁度、町の花火大会が開始される時刻だったのか・・


義明がタバコに火を付けると彼の頭上に大きな花火が何発も上がった。


「さ・・浅田さん!奥さんの陣痛が激しくなりました!

今から、分娩室に入ります!」


病院の看護婦が慌てながら義明を探しに来てそう叫んだ!


義明は、吸いかけのタバコを灰皿に押し込むと急いで2階に向った。


彼が二階に到着すると、今、まさに妻の悦子が分娩室に運び込まれる所であった。


義明は不安そうな顔をしてる悦子の右手をしっかりと握り締めながら言った。


「大丈夫だ!頑張れ!

俺、新しく仕事も見つけて来たんだ!

子供が生まれたらお酒も止めるから・・・

そうしたら籍を入れに役所に行こう!

生まれて来る坊主を父親の居ない子どもにしたら可哀想だもんな!」


それは悦子が待ち望んでいた言葉であった。


出産の不安や痛みはそんな愛する旦那の言葉で吹っ飛んだ!


これで、幸せになれる・・これで・・


そんな思いが悦子に安心をあたえた。


「すいません!急患です!」


いきなりそんな叫び声が聞こえ静寂に包まれていた病院の廊下を・・


慌ただしく走るタンカーの音が聞こえる。


「急に産気づきまして!予定日よりも一ヶ月も早いのに!」


付き添いの主人らしき男が必死にそう説明している。


何処か見覚えのある顔・・・


「あっ!山田屋さんの若旦那!」


義明はそう叫んだ。


そんな声に彼は必死の形相で義明の顔を見た。


「なんだ・・お前か!こんな所で何をしているんだ!」


これが、一番目の偶然の始まりであった。