なぜにあの頃はあんなに楽しかったのだろう?
愛とか恋とか関係なしに私は今日子の事を何時も思っていた。
しかし、その思いが愛と言う漠然とした物なのか正直、今でも自信が無い。
そしてその楽しいと思う気持ちは何時から消えてしまったのか?
そんな幸せが何時から苦痛と言う名の苦しみに変わってしまったのだろう?
きっと、何も解らなかったから私は幸せだったのだと思う。
今日子の事を何も知らなかったから幸せだったに違いない。
人間とは実に不思議な生き物だ。自分の手が届かない物が好きなのだ。
そして未知の世界が好きなのだ。
当時、きっと自分は今日子の事を手の届かない女だと思っていたに違いない。
だからあんなに楽しく幸せだったのだろう・・
そんな幸せが消えてしまったのは・・
きっと、手の届かない物が自分の手に入り、一緒に暮らすと言う行為により未知の世界が現実の世界に変わってしまったからなのかもしれない。
その晩、私は酷くうなされた。そして翌日、なんとも寝起きの悪い朝を迎える事になる。
安藤君と朝食を済ませホテルのチェックアウトの手続きを済ませる。
するとロビーにまいとハルと加藤の姿が現れる。
「先生!絶対にこの曲は売れますよ!いや!私が売ってみせます」
加藤は自信満々の笑顔で私にそう言って握手を求めてくれる。
私は引きつった笑顔でその握手に応じた。
「先生!またライブに来てくださいね!あっ!それにもしも、この曲が売れたら次の曲もお願いします!まいからのお願いです!」
まいはそう言うと私に可愛らしい笑顔を向けた。
横で不機嫌そうにしているハルの足を加藤が数回蹴って合図をしている。
「ほら!お前も何か媚を売っておけ!」との合図なのだろうか?
ハルは万遍の笑顔を浮かべ私に言った。
「私、絶対に有名になりますから!」と
「ハル!お前!何を言ってるんだ!申し訳ありません!教育が行き届いておりませんで!」
加藤は少しだけ焦ったように私にそう言った。
「良いじゃないですか!向上心があって、でもね!ハルさん!有名になったからと言ってそれが幸せとは限らないんだよ!有名になると言う事はあくまでも通過点のような物だと私は思う・・」
そんな私の言葉にハルは小ばかにしたように私に言った。
「奇麗事がお好きな先生だこと!それは有名になれた小説家さんの奇麗事よ!」と
私はそんなハルの言葉など気にも留めることも無くまいを見つめ心の中で呟く
「君が一番、今、話しかけないといけないのは僕じゃ無いだろ?」と
そんな私の視線に気がついたのかまいは安藤君に言った。
「いろいろとありがとうね!私、絶対に有名になって夢を掴むから・・」と
そんなまいの言葉に安藤君は何も言わずにただ微笑んだ。
それから2ヵ月後、偶然に見た歌番組の新人コーナーにまいとハルの姿が映っていた。
オリコン初登場、9位
それがTV委員会の二人の評価である。そして評価されたのは私が書いた歌ではなく
二人がTVで歌ったのは優しいピアノのメロディーの「今夜も何処かの星の下で・・」と言う題名のバラードであった。
しかし、私はなんとなく嬉しくなりまいにメールを送る。
「おめでとう!TV見たよ!人気が出ると良いな!」と
TVの生番組が終わり直ぐにまいから返事が届いた。
「ありがとうございます!私的には先生に書いて頂いた「ロック・・」の方が好きなんですけどね!何となく第一歩を踏み出せた気がしています!これからも応援をヨロシクお願いします。」と
頑張れ!それが君の夢なら頑張ってそれを掴めば良いのだ!でも・・でもね!一番大切な幸せはきっとそんな事では無いと僕は思うよ。
そんな事を考えいると携帯電話が鳴った。
「先生!どうもお久しぶりです!本間でございます!」
酷く懐かしい気がした。そんな本間のお茶らけた声が。
「よう!久しぶりだな!何か??」
「何かじゃありませんよ!先生!原稿!原稿の催促です!今日子がぼやいてましたよ!
まったく音沙汰が無いって!困らせないでくださいよ!あの子は気が弱いんですから!」
原稿・・そう言われて初めて私はカレンダーを見つめた。
本来ならもう原稿は書き上げて居なくてはいけない時期であった。
それなのに私の愛用のパソコンの中の原稿用紙には題名すら書かれていなかった。
「あ~そうだな!完全に忘れていたよ!」
「あのね~先生!アイドルに夢中になるのは結構ですけど!原稿はお願いしますよ!
やはり私じゃないとダメなのね!あなた・・もぉ~う!可愛いいんだから!
この甘えんぼさん!」
本間は一人、興奮しながら私に訳の解らない言葉を連打していた。
「明日、静岡に行きますからね!ちゃんと良い子にして待ってるのよ!」
プッ!思わず噴出してしまった。本当のこの女は可愛いと思う。
なぜに恋人の一人も出来ずにこの年まで独身で居るのだろう?
いや、違うのかきっと彼氏が居るに違いない!私が知らないだけなのかも知れない。
しかし、編集者なんて夜も昼も関係ないそんな仕事をよく続けていると思う。
以前、私は本間に聞いた事があった。