「お前さ~よくこんな過酷な仕事を続けられるよな!お前ぐらいの器量なら言い寄る男の一人や二人は居るだろうに?何で辞めないの?」
そんな事を冗談交じりに本間に言った。
本間はキラキラした目で私に言った。
「誰もが感動する作品をこの世に出したいんです!人間の心をえぐるような!そんな作品をこの世に出したい・・それが私の夢だから・・」と
その時のキラキラした目とそんな話を楽しそうに話す本間の笑顔を私は今でも忘れる事が出来ない。出来る事なら自分がこいつの夢を叶えさせてやりたいと真剣に思ったものだ。
しかし、世の中はそんなに上手い具合には行かないものだ。
未だに私はこの担当者の夢を叶えて上げる事は出来ないでいるのだ。
「このクソ女!お前は商売女か!俺に嘘ばかり言いやがって!その一緒に行った作家って奴をここに連れて来い!その女流作家って奴をここに連れて来いよ!」
そんな友美の旦那の怒鳴り声から、山梨の事であると私は感じていた。
本当に執念深い男である。泣き叫ぶ声が聞こえた。友美の泣き叫ぶ声が・・
私は居たたまれず携帯電話を手にした。霧島桜と言う名前を検索すると電話をかける。
「はい!桜!あんた生きてたの?」
桜は少し酔っているようである。2年ぶりの私の連絡に嫌味たっぷりにそう言った。
「ああ・・一応・・」
「それで?何よ!仕事でも干されたの?あんたなら私のアシスタントで使ってあげるわよ!どう?売れない小説を書いているよりも断然、そっちの方が割が良いと思うのだけど!どうよ?それ?」
私は一瞬、この女に連絡をした事を後悔した。しかし他にこんな願いを頼める小説家の女性は居なかったのだ。
「悪いんだけど・・頼みたい事があるんだ。」
そんな私の頼りない言葉に桜は言った。
「何よ言ってみなさいよ!結婚してくれとかは無しよ!」と
「実はね・・あのね・・」
「なるほどね!解ったわ!これは貸しよ!解ってると思うけどね!」
そう言いながら桜は電話を切った。
頼む!俺の身代わりになってくれ!不幸な女が一人居るんだ。
そんな私の言葉に案外、あっさりと桜は代役を引き受けてくれた。
しかし、「貸しよ」と言われた言葉がどうも気になる。こいつの貸しは倍返しなのを私は良く知っていたからだ。
次の日の夕方、アパート揺らす程の爆音が響き渡る。
桜の愛車、コルベットのエンジン音である。私は部屋の窓からそっと外を見た。
アパートの前に一台の真っ赤なコルベットが止まっていた。
運転席に何時もとは感じの違う桜が乗っていた。そして驚いた事にその助手席には本間の姿がまるで付録のように見え隠れしている。
霧島桜・・多くの読者を抱える恋愛小説の女王と呼ばれる一流作家である。
年齢は不詳、怖くて誰も年齢を聞く事は出来ないらしい。
私と桜が出会ったのは今から7年ほど前の事である。当時、桜は伊藤幸子と言う本名で小説を書いていた。私がまだ、出版社に原稿を持ち込んでいた頃、桜もまた同じように原稿を持ち込んでいた。私の横で何時も編集者にボロクソに嫌味を言われていた・・
しかし、私も同じような物であったのだが。
何度が顔をあわす度に自然と話をするようになった。そして編集者にボロクソのダメだしを頂いてはその帰り道に近くの居酒屋に向かい熱い未来の話を語りあった。
桜はもの凄く美人であった。そんな女と私が深い中にならなったのはきっと、お互いが家庭持ちだったからなのか?それともお互いがお互いを失いたく無いと心から思っていたからなのか?今でも解らない。
桜の転機が訪れたのは偶然の出来事であった。その日も出版社の帰りに二人で酒を飲んでいた。
「お前さ~ミステリーを書くの止めたら?」
そんな私の何気ない一言。
桜は少し不機嫌そうな顔をしながら言った。
「私はね~小学生の頃から横溝正史を読破して来たのよ!金田一シリーズみたいな傑作を書きたいのよ!それは無理!絶対に無理!!」と
「でも、全然、評価されないじゃないか!やはりミステリーは無理なんじゃないの?」
正直、何度か桜の小説を読ませてもらったが、熱い思いは伝わるが内容はあまりミステリーを読まない私が読んでもイマイチの内容で・・
「ならどうしろと言うのよ?もう書くのを止めろと言うの?ミステリーを書く事は私の人生の支えなのよ!こうして書き続けているから私は生きていられるのよ!」
そんな桜を見つめながら私はポツリと呟く。
「恋愛小説を書いてみないか?」と
「えっ!無理よ!今まで読んだ事も書いた事も無いのだもの!無理!無理!!」
「だから良いんじゃんか!もう結構、恋愛小説のネタも出尽くしてるから、ミステリーと同じだよ!今まで出て来たトリックを焼き直しているみたいな!
恋愛小説も一緒なんだ!今まで評価された設定を焼き直してるだけ!
なら、こうしょう!俺がミステリーを書いてみるからお前は恋愛小説を書いてみろ!そしてお互いでサポートしあおう!何て言うのか!コラボって奴かな?」
そんな私の言葉に桜は少しだけ興味を示した。
「そうね!あなたが手伝ってくれるのなら良いわよ!そうだ!二人のペンネームを考えましょう!そうね!霧島桜!ってのはどうかしら?」