木村の自宅を出る時に木村が小声で言った。
「奥さんに連絡しておいたから・・」
その言葉で一つだけあった私の不安は消える。
外泊などした事が無かった私は少しだけ自宅に戻れなかった言い訳を考えて居た。
電車に乗り会社に向かう。
ふと、座りながら木村の嫁の事を思い出していた。
木村の妻、美香とはまだ、木村が彼女に片想いをしてる時からの付き合いになる。
当時から木村は美容院に行っていた。
それも少し髪を切っただけで1万円もするような貧しい私からしてみれば考えられない店であった。
そんなある日、木村が私に嬉しそうに呟く。
「誠・・俺、好きな女が出来た!」と
木村は金持ちでルックスも良い。
ドンくさい私とは正反対でそれないり女性にももてていたが、贅沢と言うかなんと言うか・・
彼女を作ろうとしなかった。
そんな木村に好きな女が出来た!それは驚嘆すべき出来事で私はその相手に大いに興味を持った。
そんな話を聞いて数ヵ月後、木村が私に言った。
「誠!髪を切りに行かないか??」と
「えっ?別に良いけど・・何処に???」
不安げに私が聞くと木村は嬉しそうに言う
「俺が何時も行っている店に・・」
「勘弁してくれよ!あんな高い店!俺、お金ないよ・・」
「おごるから・・・」
木村は何時も10円の飴玉でもおごるかのように私に気軽にそう話す。
当時の私は正直、貧乏であった。
高校を卒業して大学に進学したと同時に家を出た。
そして学費も生活費も一切、親の世話にはならず大学を卒業した。
当時の事を今でもたまに思い出す。
貧乏であった・・確かに・・・
でも、そんな時期の私を支え助けてくれたのは間違いなく木村である。
私と木村は美香が勤める美容院に向かう。
私が何時も行ってる床屋とは大分、違う。
店に入ると直ぐに店員が笑顔で向かえてくれて・・・
待合室に通され・・・紅茶とクッキーなんかが出される。
そして何時も木村が指名している美容師が笑顔で私達を迎えに来る。
「木村さん!今日はどんな感じに・・」
「いや・・今日は僕じゃなくって・・友人を・・・」
「どんな髪型にいたしますか??」
そう聞かれてお任せしますと言ったら何とも不気味な髪型にされた・・
そう木村にぼやくと木村は笑いながら・・
「なかなか似合ってるよ!最近、流行らしいぞ!その髪型・・」と呟く。
そしてその後に真剣な顔をして・・
「どうだった?あの子?」と私に聞いた。
なんて事は無い・・
私はただ、女の品定めに借り出されただけだったのだ・・
「良いんじゃなにの?最初に紅茶を持ってきた女だろ??」
そう私が木村に言うと木村は少し驚いたように・・
「良くわかったな?あいつだって・・」と言った。
そんな彼に私は笑いながら言うのだ・・
「ああ・・俺もあんなタイプが好きだから・・あの子・・可愛いよな!」と
木村の親は木村にあまり干渉しない。
好き放題に生活をさせていた。
しかし、一つだけ・・女性に関してはもの凄く厳しかった。
きっと、変な女に木村家の長男が騙される訳にはいかないと思っていたのかも?
木村が特定の彼女を作らなかったのも母親のそんな呪縛が強かったのかもしれない。
私は今でも覚えている。
「俺・・本気なんだ!本気で美香を愛してる・・」
そう呟いたあいつの顔を・・・
私は何時もアリバイ作り要員であった。
初めてのデートも・・
初めて二人が結ばれた夜も・・・
初めて二人で旅行に行った時も・・・
全て私と一緒に居た事になっている。
それは私のせめてもの木村に対してのお礼であった。
そして仲間の中で一番最初に木村が結婚をする事になる。
結婚式の二次会で木村は嬉しそうに笑いながら私に言った。
「結婚しても俺たち・・友達だからな!」と
あれからどの位の時間が流れたのか・・
ただ、残念な事に美香はあまり人付き合いが上手い方ではなかった。
何度か、私は木村の家に遊びに仲間達と行ったが、いつの間にか誰も木村の家に行く事は無くなった。
「なんか・・お前の嫁さんとは・・合わない・・」
そんな言葉を口々に言う友達を見つめながら少しだけ木村は悲しい顔をした。
「あいつにだって良い所は沢山あるんだぜ!」
そんな言葉を呟きながら・・・
木村と疎遠になってもう・・7年になる。
「次は~下井草~~下井草~~」
そんな電車のアナウンスに私は我にかえる・・・
ゆっくり席を立つと開くドアの前に立つのであった。
「さあ・・仕事だ!頑張ろう!」
そんな言葉を呟きながら・・
人生は辛すぎて私の手には負えない。