コレクションと尊厳 |  お転婆山姥今日もゆく

 お転婆山姥今日もゆく

 人間未満の山姥です。
 早く人間になりたい。

この前、久しぶりに娘に会ってきた。

短い時間だったが、娘と会うと楽しくてならない。

会うのは昨年暮れの、私の入院手術以来で、彼女は

「手術室から出てきた、半覚醒の母」

を見て

私は

「半覚醒ながら、娘や夫の声に反応し、目を開けると彼らの衣服が見え、『大丈夫』と返事した」

 

その時以来なので、随分と前のことになる。

 

娘にしては珍しく「9時ころまでに来れる? 早い?」と言ってきた。

婿殿は仕事なので、彼を会社に送ってからは予定がないそうだ。

 

「早くないよー」

嬉しがって支度して、いそいそと出かける。

スイスイと車は走り、予定通り着いた。娘に連絡をすると、車を入れ替えて自分のに乗って、と言う。「行きも帰りも運転じゃ疲れるでしょ」

この母はまたまた嬉しがって、だいぶくたびれたものの頑健な、娘の愛車ジムニーに乗り込む。

 

「さて・・・どうしようね」

 

早く来いというから来たのだが、特別何か何処かへ、というのは考えていないという。

 

「ならば・・・まず教会に行こう」

 

納骨の時は仕事で来られなかったので、娘はよし来た、と車の方向を変えた。

 

ややあって教会に着き、聖堂で手を合わせ、納骨堂も説明し、陶板に刻んである洗礼名と本人たちの名も見た。

「良いところだねぇ」

「これからはここにお参りに来るのよ」

「良いねぇ」

5月の風も、心も爽やかで心地よかった。

 

しばらくそこで過ごし、昼何を食べようかと、話は結局そこに行きつく。

 

「今日はウチにはちょっと・・・忙しくて散らかりっぱなしなんだよ」

 

普段、フルタイムで働き、帰宅も20時近かったりする娘夫婦である。散らかってようが私は別にそれを咎めることは無いが、娘が気にするのだからずかずか押しかける気もない。昼にはまだ時間があるので、殿様の庭園にでも寄ってみるかということになった。

そこは今は公民館になっていて、子供たちが小さいときは、映画の上映会や図書館によく来たものである。

中に入ったのは覚えているが、庭園は覚えていない。確かにそぞろ歩きした記憶もない。

「なんでも、昔はこの庭園は薬草を栽培するところだったそうよ」

「へー」

 

中に入ると田舎の公民館とは佇まいが違う。様々なサークルや催事の案内が壁一面に貼ってあり、パンフレットもたくさん置いてある。

古い建物の方では茶会が行われているようだった。

 

娘がボヤくように言う。

「私、趣味ないからこういうところのサークルにでも参加すればいいのかな」

「・・・確かに、昔から特段の趣味ってない人よね」

「そうなんだよ」

「手芸とか何か作りたいとか・・・」

「無いのよ」

 

元々群れるのが嫌いなのは、娘の父も私もそうなので、サークルで何か・・・とはならないのだと思う。私も何々会などに所属したことは一度もない。

 

外に出て、池の周りを歩いてみる。

植え込みに座り込んで、画材を広げ、スケッチしている人が結構いる。

 

「懐かしいな。じいちゃんもこうやってあちこちにスケッチに出かけたものだった」

「こんなところに座り込んで、虫とか蛇とか気にならないのかな」

「今時期はぎりぎりセーフなのよ。梅雨に入れば蚊がわんさか出てくるからね」

 

そぞろ歩きの間、私ではなく娘が二回、木の根などに躓いていた。

 

「あー、なんで私ってこう…昔からこうなんだよね、年寄りでもないのに」

と私を見て言う。

「試合の時なんか、まったく隙がなかったのにね」

「日常は緩むんだよ、酷いのよ、我ながら」

 

私はこの前、自分が板踏み外して、一回転して手首を捻挫した話は断じて口にするまいと思った。

 

子供たちとは目的を決めず、よく散歩をしたものであるが、好天、微風、湿度低めのこの日は実によかった。

頃合いを見てお昼ご飯を食べ、例の喫茶店に行ってみることにした。

「土曜日の今頃だもの、無理じゃない?」

「タイミングが合えば大丈夫」

「だって今まで、5回のうち3回ダメだったんだよ」

 

近くまで行くと、

「車から降りて空きがあるか聞いて来て」

と言われ、そうする。

幸い、何組か捌けたタイミングだったようで、

「いらっしゃいませ、どうぞ」

と言われ、

店先から車にいる娘に〇を示した。

 

以前なら別腹と言いつつ、コーヒーだけでなく、ケーキやパフェなど頼んでいたが、

「コーヒーだけでいい」

と娘はアイスコーヒー、私は、いつも飲みたくてたまらない「深煎りホット」を頼んだ。

久しぶりのここのコーヒーは相変わらず美味しくて、ブラックで飲んでいる母を

「やっぱりそんなに違う?」

「うん。そういえば直近で来たのは、あなたが入籍した日で、お祝い届けたあと、Yちゃんと帰りに寄ったんだ。Yちゃんも私と同じで、ミルクも砂糖もたっぷり入れる人だけど、ここのはブラックなのに美味しい、って言ってたよ」

2年半も前の話だ。コロナ禍で、私がどれだけ外出を控えていたかわかるというものである。

 

美味しいコーヒーでリラックスする。

娘夫婦は、先月納骨の相談をした際に「休暇で大阪に向かっている」と、言っていたので

「結局、どこに行ってきたの?」

と聞いてみる。

 

「ハリーポッターはどうだった?」

 

娘はスマホの写真を次々示して、いろいろ聞かせてくれた。

「いや、別に楽しいところなんだけどね、なんかね。高校の時と違って自分も大人になったというか、そんな自覚をしてしまった」

なんて言う。

ナントカ、という場所で、ナントカというビールを飲んでいる写真。ジョッキの形が独特で面白い。

 

    

 

「これってバタービールというの?」

「いや、ハリポタと関係ないよ。普通のビール、でもこういう変わったグラスに入ってくるの」

 

と、写真を示し、それは肉料理と、玉ねぎを花のように揚げたものと、何とかバーガーと・・・。    

 

    

 

「これだけで、マン飛ぶからね」

「マン!!!」

「玉ねぎも1000円超えるんだよ」

「玉ねぎ一個で!!!」

 

いちいち驚くのは、コーヒーお替りしようかどうしようか、小心になりながら迷っているからでもある。

 

「入場料のほかにも中でいろいろかかるし、時間もかかるよね・・・」

「とにかくね、自分でも意外なほど喜びがなくて、学生の頃は無邪気だったもんだよ」

 

そりゃあ、修学旅行では費用は事前に親が積み立てているし、移動でもなんでもお金払うわけでもない、入場料もそうだし・・・。世の世知辛さなど感じるわけも無いのだ。

 

「まあ、自分で働いて楽しんだから何よりだよ」

 

聞けば娘夫婦は

 

「結局なんだかんだとね・・・」

大阪に2泊、京都に4泊したそうな。

 

「そんなアンタ、宿とれたの?もうコロナ前と変わらなくなったって、京都なんか特に・・・」

「連休前だったからとれたよ」

 

「で、これさぁ、見て」

 

と見せられた写真。

娘はもう笑いだしている。婿殿の写真であるが、川のほとりでホットドックらしきものを食べている写真だ。

 

「どう思う?」

「なんか・・・なんか人生を感じるね」

「出所後、みたいでしょ?」

「あー、そういう感じだね確かに」

「あんまりそれっぽいから本人に見せたら、本人も納得してるんだよ」

 

ウヒャヒャと笑っている。

 

「ここって、鴨川?」

「そうそう、鴨川のほとりで出所後初のご馳走を頬張る、みたいなさ」

 

(婿殿はもちろん出所でも前科者でもなく、普段は実に優秀な営業マンである。)

 

「あとさ、走る写真と動画、見る?」

 

「走るって、アイス取り出して走る?」

「そうそう」

 

その件については以下を参照してください。

 

 

「これこれ・・・」

と見せられた

『冷蔵庫からアイスを取り出して走る婿殿』

 

いやぁ、それが娘ときたらしょっちゅうそのシーンを撮っているそうで、婿殿は都度都度走っているのである。

 

「見て、これなんか撮ってるの気付いて、ゆっくり歩いてるようだけど前のめりでさ」

 

そして娘は言うのだ。

 

「可愛いのよ」

 

「面白いというより、癒しだねぇこういう人」

「そうなんだよ」

「ちょっと、私も癒されたいからどれか一つ送ってよ」

「ダメよ、ここだけでオシマイ。大事なコレクションだし、尊厳があるからね」

 

娘は実にきっぱりと言って、2杯目のコーヒーを奢ってくれたのであった。