お早うございます。


人間って、しょせんちっちゃい。
けれど、ちっちゃいことを自覚すれば、心は広く、自由になると思います。
逆に、それを自覚できないと、態度はでかくなりますが、心は狭く、いろんなことに縛られて、じつは不自由になります。


自信がないから、いろんなもので武装します。コトバ、カネ、見た目重視の伴侶etc...
独自理論で自己弁解なんてし始めたら、赤信号。みんなで渡っても、
醜悪です。


おのれの執著に縛られ、
我欲に支配されるより、
ちっちゃくてもいい、残念でもかまわない。
あなたはあなたの主(あるじ)たれ。


そんなことを自戒しながら、
本日も、小銭稼ぎの労働に勤しみます。
ちっちゃ!



今後は、お寺での檀務ではなく、チャプレンのように、施設付きとなって、
医療や介護という臨床での仕事がメインとなる僧侶も増えていくだろう。
(そうあって欲しいですね)
そういった現場に関われる『資格要件』が、

...

・坊さんだから
・生死を見つめているから
 (これを本当に一般論化していいのか!?)
・傾聴できます

だけでは、「だめだめ」ではないでしょうか。
※最近、乱立する宗教者向けのプラスアルファ的な資格も、
いささかどうかと思うライセンスホルダーが。。。

こういう資格での勉強も、言わずもがなで大切です。
しかし、それこそそれにプラスアルファで、
最低限、医学概論なり介護概論なり看護学概論なりを学ぶことも必要ではないかと、
思っていました。学ぶのは、西洋医学ですよ、もちろん。
だって、現場はそれで動いてんですから。

そして、もちろん、仏教者としての自己研鑽は欠かせないですね。

『質より量』という声もあるようですが、
このまま「臨床向け」と言いながら、臨床(医学、介護、看護)のことがよく分かっていない僧侶を大量生産していけば、
この好ましい萌芽である「医学と仏教の接近」は、
すくすくとは育っていかないような気がします

みなが、自分の人生の主人公になれますように


誰かが、誰かを虐げることのないように


あなたが、誰に対してもちゃんとありがとうといえるように


いまは、たったこれだけを祈りたい。

He estudiado la sistema de función de Voluntariado Emílio Ribas, es una clínica nacional especializado a Sida y Hepatitis C.
Y visité a los cuarto de pacientes de niños y jóvenes.
Mi corazón está dañado porque tantas chiquitas están sufriendo por Sida. Un chico me pidió que reza la oración budista, lo realizé. No puedo sacar el dolor de otra persona, sólo intento acercar su sentimiento y fuente de dolor.
La experiencia de hoy,jamás olvidaré.
Muchas gracias a sus cariño....
Dra. Gloria Brunetti ,estimada Helena, Ángela y Daiko

2014年10月16日、サンパウロ市の国立エミリオ・ヒバス感染症研究所病院のボランティア組織を視察、研修。
ここはほとんどがエイズ患者。
子供たちは家族がいない子もいます。
2008年以来の訪問で、今回は深く学ばせていただきました。
ボランティア養成期間は7ヶ月。すごいです。
ブラジルの有名な尼僧である孤圓先生の口利き(傾聴の専門家という紹介)と、
手術の傷跡を見せて、『死に直面する人の心の痛みを理解するように努力できる』と述べ、特別に病室訪問をさせていただく。
『肩を叩く友人』という活動です。肩叩きは、親愛の表現です。
幼稚園くらいの子たち、
中学生くらいの子、
高校生くらいの子、
まさにいま担ぎこまれたばかりの大人の傾聴をいたしました。

もう、酸素吸入をしている子に
『仏教の僧ってなにするの?』
と聞かれました。
『他の人の為に祈るんだよ、それが誓いだよ』
『じゃあ、僕の為に祈ってよ』

私は、彼の両膝に両の掌を当て、
般若心経を唱えました。
其の間、彼は私の目をずっとみていました。
終わると、彼は涙を浮かべました。
私は、泣くのを我慢し、ぶり返す手術痛または心の痛みに耐えながら、
別れの挨拶をしました。

私は、彼を絶対に忘れません。

周囲で、同年代で大病をする人が、何人もいる。今日入院している友が2人。
二人の回復を心から祈ります。先日は、妻の友人が死んだ。がんだった。
悪人から早死にするわけではないらしい。やりきれない。
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なあ、聞いてくれよ。...
俺の祈りは、死人のためだけじゃないぜ。
生きている人のためにも、この祈りを捧げているんだ。
でも、悪りいな。
病気平癒なんて祈りは、俺にはできねえ。
やってもいいが、効果は保障外だ。
お前のために、俺ができる祈りは、
安心を得てくれますように、
そういう祈りだ。

お前が出会う、どんな状況も俺には変えられない。ごめん。

病床にある人からは、
もしかしたら愚にもつかないように見える祈りだ。
それしかできねえ。

でも、どうか安心してくれ。
安心したら、生死を超えるから。
まじだよ、嘘じゃねえんだ。

だいたい、ほんとはお前だって、わかってんだろ? そのことは。

ただ、家族のこと考えちゃうんだよなあ。
辛えなあ。

お前の心の痛み、わかれなくて、ごめんな。

でも、祈るよ。

もちろん、治って欲しい。
だから、あらん限りの医療を、
笑いながら受けてくれ!

宗教者になったとか言って、
いまのお前に言えるのが、
『大丈夫だ、安心しな』なんてことくらいだ。
そんで肩に手を置くだけとは。

もっと気の利いたことがいえたらいいんだけど。情けなくてごめん。

ごめんな。
でも、心と体の痛みが軽くなるように、いのるから。

かならず、また、会おうぜ。