ついにこの部屋で最古参になった。私より二日前に入院したおじいさんが退院したからだ。お昼時、そのおじいさんが私のベッドを囲むカーテンの前に歩いてきた気配があった。
「太田さん…」
「はい。Aさん?」
「はい」
カーテンから私は出た。とても小柄なAさんが立っていた。
「きょう退院します」
私は体調が悪く、寝ていたのだが、Aさんのさびしげな表情にはっとなった。
「太田さんにはお世話になりました。ありがとうございます」
お世話など…。いちど、夜中にAさんがベッドからずり落ちているのを見つけ(そのとき、Aさんは自力で起きられなかったから、ナースコールもできなかったのだろう。どのくらい、その姿勢でいたのか…。Aさんは顔をしかめていたが、私を見るなり、媚びるように笑った。その笑いを私は最初、イヤなものだと思ってしまった。私は私の無知を恥じた。Aさんは、そうして生きてきたのだ。評価をする権利など私にはないし、よく見ると、愛らしかった)、抱え上げた。
ナースコールをする前に行動してしまった。
もちろん、ナースコールはしたが、すぐに来るわけではなく、Aさんの苦しい姿勢をなんとかしたかった。
それから、ここのナースは気の利かない人が多く、Aさんのベッドのカーテンを開けっ放しで去ってしまう(監視のため?)。でも、Aさんは廊下側。廊下をゆく皆に見られる。とくに、食事のとき、Aさんは見られながら食べたくないといっていた。しかし、そのころAさんは自力では動けないから、カーテンを閉められない。だから、わたしは食事のときに、通りがかって、カーテンを閉めただけだ。
「太田さんも、早くよくなって、退院してくださいね」
ふいに、Aさんがそんな言葉をかけた。
とても情のこもった声だった。
Aさんの言葉は、倒れそうな私を支えた。掬(すく)ったのはAさんだった。
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Aさんはアパートで独りくらし。家族はいない。この先、介護サービスに支えられて、生きていくという。こういう高齢者が、この地域にも多い。
私は、退院してからAさんを訪問したい衝動を抑えながら、病棟一階へ降り、タクシーに乗ったAさんが走り去るのを見送った。
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泣きそうだった。なんだ、この寂寥と愛着は。
見送りの若い看護師が「なんでこの人、見送ってんの?」という視線を私に投げた。
入院し、心も身体も折れるとき、ほんの小さな親切や言葉がけが、どれだけ支えになるか、あなたは知らないのだろう。
もちろん、エネルギッシュな励まし、助けなどは不要だ。
