静岡市清水区で、

在宅ターミナルケアに祈るがごとき姿勢で日々尽くされている、
尊敬する遠藤博之ドクター(たんぽぽ診療所院長)から、


「神谷美恵子の「癩者(らいしゃ)に」という詩をご存知ですか?」

というメールが届きました。


この詩は1943年の夏に発表されたものとのことです。
そのなかの一節を、遠藤先生は強調されていました。

「許してください、癩者よ。
浅く、かろく、生の海の面に浮かび漂うて、
そこはかとなく神だの霊魂だのと
きこえよき言葉あやつる私たちを。」


頭を強打されました。
私はいつのまにか、死に慣れすぎていた。


「健全なセルフケア」「体調不良」「がん」などを言い訳に、
いつの間にか、死ぬほど、向き合っていない自分を見つけた。
少し距離を置いて、ホトケさんに向き合えるようになっていた。
良いとか悪いとかじゃない。私のような非力な者が、
このような祈りをしてはいけない。

明日のご供養、

「死に向きあう私も死を賭ける」原点に戻りたいと思います。
遠藤先生、ありがとうございました。



午前4時。早起きではなく、ずっと仕事。
迅く就寝したいが、読書と瞑想を。
いま内観法を復修。
内観の命題は、我執から自由になること。それは仏教の命題でもある。
我執を見つめて、さよならできれば、自然と、こころ と からだ は、...
調和する。

自他への慈愛と慈悲に満たされ、
生命の根源との一体感に三昧する。根源は、他になく、自そのものが、その一部であることを思い出す。

この瞑想は、言語や思考ではできない。

わたしのイメージは、鏡です。

鏡を使って他者を観ると、
観えてくるのは、己の身口意です。

はた、と、なにかが腹におちます。
内観は仏教との親和性が高いと思っていたら、神道的でもあるんですね。

大祓の行き着く境地は、
無我。我執のない世界。

さて。
今日も、顔晴りますか!

本日の目覚めに感謝し申す
本日の生に感謝し申す
本日の苦言なきを祈願し申す

ぎゃーてーぎゃーてー
はーらーぎゃーてー
はらそーぎゃーてー
ぼーじーそわか。

願くは此の功徳を以て普く一切に及し、我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを

【支援活動する宗教者は減っている。それぞれ、震災で身体に刻んだことを、おのおのの縁ある場所での活動に活かしている】


●被災地の宗教者か…。トレンドみたいに語られ、「成果」も強調されるようになって来ましたけど、それって「過去のもの」ってことなのでしょうか?


●現在進行形であってほしい。そして、北の地へ向かう宗教者が減っているということを真正面から取り上げる記事が、なんで少ないのだろう。私、当事者でもあり、書きづらいのです。仲間を批判するような感じになってしまう。そんな気はないのですが。


●それに愚生の甘心は、減った宗教者ではなく、やはり、北で出会う方々に向いている。長くなるので書きませんが、いったいいつから「宗教者の支援はマストではなくなった」なことにされてしまったんでしょうかね。

●文字は一人で歩くから。力ある文字ほど、余計に。有能な記者の方、たれぞ良く健筆を振るわん。...
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月刊『在家佛教』2015(平成27)年1月号(752号)】
記事

社会に関わっていく仏教 ——東日本大震災と仏教の力
……島薗 進〈上智大学グリーフケア研究所所長〉 ◾——仏教者は死者の魂の行方を念ずる役割を果たしてきました。被災地では痛みを抱える人々を力づける働きをしています。



幽霊について、スペイン語で話すのは難しい。

言葉が難しいのではなく、概念を伝えるのが難しいのだ。


fantasma(幽霊)と「幽霊」「心霊」、「お盆に帰ってくる
御先祖様の霊」は明らかにニュアンスが違う。



相手が日本人ならわけはない。

しかし、相手はキリスト教
文明圏の人なのだ。


日本人にとって、オカルトでもなんで
もない「先祖供養」さえ、

話す際には注意が必要だ。意味
不明な言葉の応酬ほど疲れるものはない。


私らは、供養を意味のある行為としてやっているが、

精神的な基盤をもたない人には、唯の霊感商法に見えるんだろうか。


おっと、これは、供養・慰霊を否定する日本の方にも当てはまること
なんだっけ。




たとえばこの写真は、死者供養です。

でも、キリスト教圏の人に言わせたら(ブラジルの友人の禅僧でさえ)、

心霊(退治)ドラマの一場面に見えるそうです。
私は、祓いません。祈るだけです。

おはようございます。
どんな人生を送っていても、
等しく新しい朝は訪れました。
等しく新しい週は訪れました。
どんな1日にするか、...
どんな1週にするか、
とどのつまりそれは自分次第。


本日の目覚めに感謝しもうす
本日の生に感謝しもうす
本日の苦言なきを祈願しもうす








ま、ぼちぼちと。