2023年3月のテーマ
「花といえば…な本」
第一回は、
「花の降る午後」
宮本輝 著、
講談社文庫 1995年発行
です。
私が持っているのは、Pickの一番下のものになります。
発行年もこの文庫のものです。
一番最初に出たのは角川文庫からで1988年発行のものですが、現在はどちらも新装版になっていますね。
ドラマ化もされていますし、宮本輝全集にも収録されているようです。
宮本輝さんの作品は、以前に
で取り上げたことがあります。
若い頃には当時出版されていた宮本輝さんの本のほとんどを買いあさって読んでいたものですが、印象深い作品が多数ある中でも「花の降る午後」は再読したいと思う本の一冊でした。
実際に「花」がテーマな作品というわけではありませんが、若く美しい主人公や神戸の瀟洒なフランス料理レストランといったちょっと華のある設定と、タイトルに「花」とついていることで真っ先に思い浮かんだ作品です。
あらすじは、神戸の山の手にある瀟洒なフランス料理レストラン"アヴィニヨン"。夫の死によりレストランのマダムとして店を切り盛りするようになった甲斐典子の頑張りで、店は順調に繁盛していた。そこに"アヴィニヨン"を乗っ取ろうと計画する荒木幸夫・実紗夫妻が現れ、店のスタッフへと手を伸ばし始める。この夫婦はかなり悪辣で、レストランを手に入れた後には拡大することも視野に入れて、レストランの隣の土地も手に入れようと画策している。一方で、生前夫が購入した絵の後ろから手紙が発見されたり、その絵の画家との間にロマンスが生まれたりと、典子の人生にとって転機ともいえる出来事が次々と起こっていく…。
美しい未亡人である主人公・典子に次々と問題が降りかかっていく展開がハラハラさせられる作品です。
典子とは、清楚なお嬢様っぽい感じでありながら、凛としたたたずまいを持つ魅力的なキャラクターです。
悪辣な乗っ取り屋夫婦に対抗できるような強烈な個性を持っている人物ではないのですが、一旦戦うと決めたら後には引かない強さを持っています。
物語の中で、典子の学生時代の友達が彼女を評した場面の回想があるのですが、
「おとなしそうな顔して、ほんまは喧嘩強いんやから。」
と言われたエピソードがあって、甲斐典子という人物を的確に表現したセリフとしてすごく印象に残っています。
(セリフに多少の齟齬があるのは私の記憶に問題があるのでご容赦願います。)
主人公の魅力についてばかり書いてしまいましたが、南京町をはじめとする神戸の街並みの描写や、舞台となるフランス料理レストランのお料理やスタッフの仕事ぶり、夫の母との暮らしといった彼女の日常生活の中に、乗っ取りという黒い影が徐々に侵食していく様は、ストーリーテラーとしての作者の実力が存分に発揮されていると思います。
また、宮本輝さんの小説は、主人公ひとりの物語といった単純なものではなく、周囲の登場人物の葛藤や喜び・苦しみ・弱さといった心の動きも生々しく読み手に伝わるところがあって、この作品でもそういった手腕が見事です。
一読者としての私は、主人公・典子がどうやって危機を乗り越えるのかハラハラしながら見守りつつ、最終的には幸せになってほしいと願ってこの作品を読んでいました。
それと同時に、物語に登場したたくさんの人物のその後も想像してしまい、お気に入りのキャラクターにはやはり幸せになってほしいと願わずにはいられませんでした。
約35年前に初刊行された作品ですが、今読んでも充分面白いと思います。
宮本輝節にぐいぐい引き込まれること間違いなしの一冊です。
おすすめいたします。(*^▽^*)