熱田神宮 草薙館で、国宝 来国俊を見る | 死ぬまでにすべての国宝を肉眼で見る

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2024年9月現在の国宝の総数1,143件。そのうち、美術工芸品912件。これをすべて肉眼で見ようという計画です。関西中心の情報をお届けします。

名古屋の熱田神宮 


へ行ってきました(^_^)/

緊急事態宣が明けたのが、影響していますね。そこそこの人手は出ています(^_^;)
それに、七五三の時期と日曜というのが、重なって、わりと賑わっていました。
東門から入ったので、
そのまま参道を直進すると、
くさなぎ広場、草薙館 に出ます。
くさなぎ広場は、池に船のオブジェが浮かんでいて、子供に人気でした(^_^)
さて、こちらが草薙館 の入口。
10/3にオープンしたばかりの、熱田神宮の刀剣専門の展示施設です。

正式には「剣の宝庫 草薙館 」というそうです。

現在、開館記念特別名刀展を、10/25まで開催中。
こちらに、国宝 短刀 来国俊が展示されているとあって、訪問した次第です。

では、入って見ましょう(^_^)/

↑謎の武者のオブジェがお出迎え(^_^;)
コレ、いる?

残念ながら、内部の写真撮影は禁止です。

開館初日は、長蛇の列ができたと聞いていたので構えて行ったのですが、まぁ丁度良い入り具合でした。

内部は、神社の施設らしからぬオシャレな美術館風です。
ワンフロアの展示施設ですが、10個の独立展示ケースが整然と並んでいて、そこに、国宝 短刀 来国俊はありました。


では、レポートします。


鎌倉時代(1316年)の作。

普段は、東京国立博物館に寄託されているのですが、草薙館開館にあたり、里帰りしてきました。

刃渡り25.1cmの短刀です。鎺(はばき)付きで展示されていました。
刃文は、真っ直ぐで乱れの無い直刃(すぐは)。茎(なかご)には、"来国俊(らいくにとし)"と銘が切られています。
目釘孔は2つ。
細い樋(ひ)と、素剣が彫られています。これは表裏同様に両面に彫られています。
デザイン的にうるさくなりそうですが、キレイにまとまっています。
(独立展示ケースなので、裏からも見ることができます)

国宝は、この1件のみ。


さて、この草薙館のウリは巨大な「真柄大太刀」。
220cmを超える長身の「太郎太刀」と、その兄弟太刀で166cmを誇る「次郎太刀」です。
その太郎次郎ですが、レプリカの拵えを持ってみる体験型の施設があります。
では、中に入って見ましょう(^_^)
↑まずは、通常の刀剣の重さを体験します。
そして、太郎次郎。
まずは次郎から。
8kgか…まぁ、なんとか持てます(^_^;)
次は、太郎。
10kg…持てるは持てるけど…
上段に構えるとかは、まずできません!ひっくり返っちゃう(^_^;)

姉川の戦いでは、これを馬上で振り回していたそうですよ〜
きしめん食べて……
参拝します。
熱田神宮は、草薙の剣(天叢雲剣アメノムラクモノツルギ)をお祀りしている神社なんですね。

スサノオノミコトが、ヤマタノオロチを退治し、その尾っぽから出てきたのが、天叢雲剣。
その後、諸国平定の任を受けたヤマトタケルが、伊勢神宮を訪れた折り、天叢雲剣を倭姫命(ヤマトヒメノミコト)から引き継ぎます。
ある時、ヤマトタケルは賊の罠にハマり、周りを火の海に囲まれます。その時、剣の一振りで周りの草をことごとく薙ぎ払い、危機を脱します。このことから剣は"草薙の剣"と名を改めます。
その後、ヤマトタケルはここ熱田の地で宮簀媛命(ミヤスヒメノミコト)と結婚。
再び戦の命を受けたヤマトタケルは、別れを悲しむ宮簀媛命に「この剣を私だと思って」と、草薙の剣を託し出立します。
ところが、草薙の剣を持たずに出た戦いで、ヤマトタケルは命を落とすことになりました。
宮簀媛命は草薙の剣を、この熱田の地にお祀りしたのが、熱田神宮 の始まりだそうです。
境内では放し飼いにされた雄鶏が「コケコッコー!」と勇ましく鳴いていました。


この後は、岐阜市歴史博物館へと向かいました(^_^)/