妾馬
真打ちになるチョイと前に、師匠に稽古をお願いした。
「こりゃァ、真打噺だからな。これで泣かせられる様になりゃァ一人前の真打ちだ。こういう噺もちゃんと持ってないとな。じゃァ始めるか」
ってンで、師匠宅の六畳の部屋で稽古をつけて貰った。
先ずは通して最後まで演っていただいて、30分位あったかナァ~。その後細かな解説。八五郎と大家の会話の処は、大家の喜びも伝わる様な話し方にしなくてはならない。八五郎の乱暴な言葉遣いの中にも、大家への感謝の気持が入ってなけりゃァならない。後半の酔いが廻って来る処までは、噺も平坦だから、退屈にならな
い様に言葉の抑揚でメリハリを付けなければ、客を引っ張って行かれない。
酔ってからは、くすぐりも多いし、また噺も聞かせ処、泣かせ処。此処が一番難しい処だぞ、と教えられた。でも、師匠の噺で一番印象に残っているのは、都々逸を唄う処。此処で下げるンだからいいンだけど、いやァ、ホントに笑っちゃう程…なんだよねぇ。師匠曰く、上手く唄わなくたっていいンだよ此処は。それらしく聞こえりゃァ、って言うンだけども…
細かい注意の方が時間がかかったね。一言一言こういう気持で喋るンだと教えてくれたから。でも、今は余り考えずに話してる。稽古の時は気を遣って話すけども、高座では考えながら話していられないもン。
折角覚えたのに、披露目の高座では演りませんでした。出来なかったンです。自信が無くてね。だって、披露目ン時は、楽屋に師匠が居て聞いてるンだもン。どうも師匠が居ると萎縮しちゃうンだよね。ほら、余り師匠に褒められた事無いもンだから。真打ち試験を受ける時にもちょっとショックを受けた事があったからね。それは前に何処かで書いたよね。まァそんなんで、随分と後でネタ下ろしをしたンだ。
そして気が付いた。後になって演ろうとして、ネタ帳を探してたら、2冊出て来ちゃった。実は、二つ目になったばかりの頃に教わってたンだ。
オイラがせん八兄から『雑俳』を習った頃、せん八兄が師匠に『妾馬』を習いに来てたンだ。師匠に習ったもンだから、都々逸が美空ひばりの曲のような歌謡曲みたいだった。その頃にオイラも師匠に稽古をして貰ったンだが、一度も高座にかけなかったから、すっかり忘れてたンだね。師匠も忘れてた、ってそりゃァそうだよね。沢山弟子がいるンだもの。教えてくれって言われれば初めてだと思うよね。覚えてても、
『前に教えてやったじゃねぇか、覚えてねぇのか!』
とは、言わないよねぇ。